ぽんぽこ大学秘境冒険記 ~単位の墓場・中編~

【前回のあらすじ】


 ぽん大の新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の編集長・読坂よみさかかたりには野望がある。謎が謎を呼ぶぽん大の秘境の全てを網羅した、新しきぽんぽこ大学ガイドブックを作るという野望である。有志からメールで情報提供を受け、手始めに調査に向かったのは、死期を悟った単位が集まって息絶えるという謎の秘境――――〝単位の墓場〟。

 急遽結成された探索隊はぽん大の立ち入り禁止区域へ足を踏み入れる。

 地獄耳の眼鏡女子・朝倉あさくらみみか、

 千里眼の天才幼女・毎沢まいさわしろ、

 四コマ漫画担当のちん日下くさかよんこ、

 そして用心棒役の風包かざくるまクルリとともに、読坂かたりは好奇心のまま進んでいく。そこで出会ったのは双子の兄妹デュラハン、デュランダルギルスとデュライーザデュロルだった。




     ◇◇◇




「僕と」「私は」

「「単位の墓場の墓守を務めているのです」」


 先導するふたりのデュラハン(胴体はひとり)が声を揃えた。相も変わらず周囲に立ち込める冷たい靄は時折、視界の端に不気味な影を浮かばせる。しかし、振り向いてもそこには何もなく、気のせいなのかそうでないのかもわからない。


「ふむ。墓守か。だからこんなところにいるんだね。住んでるの?」

「いえ、普段は学生寮に住まわせていただいています。ここへは毎日来ていますが」

「あ、学生なんだね」

「か……かたり先パイ。ほんとに大丈夫なんスか……? だいたいデュラハンって何なんスかあ……」


 みみかの気後れした声に、デュラハン兄妹は体を振り返らせた。みみかとしろとよんこのビビリ三人は、びくぅっ! と肩を震わせる。

 胴体の胸に抱かれたふたつの首は、困ったように微笑した。


「デュラハンというのは、まあ、胴体と首とが離れた騎士の妖精という認識でよいかと思います」「人の死を予言し、執行する存在といわれています」「僕は」「私は」「そんな死神みたいなことなんて」「しませんけどね」

「つまり、怖くないし悪さもしないってことでいいんだろう?」

「「その通りです」」

「クルリも、このふたりからはイヤな感じはしないよ! だからもっとなかよくしてだいじょうぶだと思う!」


 彼女らの言葉を聞いて、ビビリ三人組は緊張の面持ちをしながらも、かたりとクルリの背後に隠れるのをやめた。しろはまだみみかにひっついていた。さすがにそこはまだ九歳であった。


「出会い頭が最恐にゃったからビビってたけど、よく考えたら朕、知り合いにゾンビいるし、今更だにゃ……。とりあえずよろしくにゃ」

「怖がってごめんなさいッス。よろしくッス、デュラハンさん。ほら、しろちゃんも挨拶するッスよ」

「や!」

「や、ッスか……」

「「よろしくお願いしますね。そこのお子さんも、よろしくね」」

「ふむ。それで、聞いてもいいかい、デュラハン兄妹」

「「何なりと」」


 靄をかきわけ、痩せた地面の赤い土くれを踏みつけながら、一行は歩いていく。どこからか聞こえる、疲れた人間の溜息のような音がさざ波のように寄せては引き、ビビリ三人の背筋を凍らせた。

 そんな中でも臆さないかたりは、問いを放った。


「ずばり、単位の墓場って何なんだい?」


 デュラハン兄妹の目が、すうっと細められる。


「私たちぽんぽこタイムズは……いやそれだけじゃなく多くの学生が、単位の墓場なんて知らなかった。そもそも単位って死ぬものなのかい? 生きてるのかい? 死期を悟って墓場に集まるってことは、意思があるのかい?」


 一行が立ち止まった。

 前をゆく首無し騎士ふたり(胴体はひとり)が、歩みを止めたからだ。

 鎧をガチャチャといわせて体ごと振り返ると、胸に抱かれたふたつの首がかたりたちの方を向く。


「「みなさん、道をあけてください」」


 ハッとして、かたりとみみかとしろとよんこは道の両脇に飛びのいた。クルリだけがよくわかっておらず突っ立っていたので、かたりが腕を引いて道の真ん中から退かせる。


 かたりたちの後ろを進んできていた存在があった。

 靄の中から、少しずつ。

 ゆっくりと、姿を現す。


 それは……

 ……その存在は…………

 ………………単位、であった。


 なんというかこう……形容する言葉をいくら探しても最後には『単位』に行き着くような……そういう……単位としか言い表せないもの……であった。


 しかしそれでもあえて喩えるなら。

 その姿形、存在の在り様を、わかりやすく示すとするならば、それは。

 それは。

 それは……


 ……。

 ………………。

 …………………………………………。


 単位であった。


「これが……単位……!」


 秘境探索隊の面々は、ゴクリと息をのんだ。目の前を単位が通り過ぎていく。やがて単位はデュラハン兄妹の前まで来ると、か細い声を発した。


「タンイー」

「「はい。今までご苦労様でした。ここはあなたがたの集う最期の場所。あなたの孤独はここですべて癒されることでしょう」」

「タンイタンイー」

「「ええ。奥が空いております。お好きな場所をお選びください。あなたの永眠を妨げる者は、ここにはおりません」」

「タンイィ......」


 兄妹はよく似た顔でよく似た表情をした。それは憐れみと慈しみのない交ぜになった表情であった。


「「今まで、よく頑張ってこられましたね。どうか疲れをお癒やしください」」


 単位は、心なしかさめざめと泣いているようにも見えた。

 そして、その単位は奥へと進んでいく。

 墓標の整然と立ち並ぶ、墓場の方へと。


 靄が少しだけ晴れた。


「ここが」「単位の」


「「墓場です」」


 薄靄ただよう広い敷地に、DだとかZだとかの形をした小さな墓石がずらりと並んでいる。墓石は小さいため、まるで整理整頓の行き届いた机の引き出しのようであった。ところどころには枯木が立っており、不気味さを醸し出している。ただ、花の供えられた墓標もあり、そこについては優しさのようなものを感じさせた。


 耳が痛いほど静かで、寒気のするほどひんやりとした、薄暗い墓地であった。


「「先程の質問にお答えします」」

「単位は死ぬ存在です」「故に単位は生きています」「しかし、その命の在り様は人や動物のそれとは異なるものです」「例えば『生きた言葉』というように、言葉はよく生き物のように表されます」「そして言葉は死にます。『死語』という言葉が示すように」「それに近いものだとお考えください」「評価という形で流動的に変化し、認定という形で存在を持続させ、不認定という形で存在を終えるもの」「認定により命を長らえ、不認定により命をもの」

「「それが単位なのです」」


 兄・デュランダルギルスと妹・デュライーザデュロルが交互に語ったその話に完全についていけるとすれば、それは七賢者のひとりとしてぽん大の偏差値を二億六千万に引き上げているギフテッドの少女・毎沢しろだけである。しかし、残念ながら現在の彼女はみみかにひっついて顔をうずめているのでそんな場合ではないのであった。


「わかったような、わからないような……。とにかく、単位には命があるんだね。でもそれは人間みたいに、心臓があって血が巡ってて、みたいな命の形ではないと」

「でも、意思もあるんスよね? さっきのを見ると、そうとしか思えないッスけど……なんで単位に意思があるんスか?」


 みみかが発した疑問の言葉は、返答を受けられずに中空をさまよった。

 答えようとしたデュラハン兄妹が、柔和な表情をさっと引き締めて向こうを振り返り、口を噤んだからだ。


「……にゃ? どうしたんだにゃ?」

「ギルスお兄ちゃん、この気配」「デュロルも感じたか。北北東かな?」「うん。既に何か始めてる」「まずいね。止めなければ」

「ど、どうかしたのかいデュラハン兄妹」


 デュラハンのふたりは今一度かたりたちを振り返り、胸に抱きかかえられた首で、にこりと笑った。


「「少し、ここで待っていてはくれませんか。どうやら墓守の仕事をしなくてはならないようです」」

「墓守の仕事……?」

「「詳しい話はまた後で。――――!」」


 ふたりが叫ぶと、その声に呼応して、バカラッバカラッと蹄鉄が地面を蹴る音が聞こえてくる。やがて靄を切り裂いて現れたのは、首無し馬の馬車であった。


「馬まで首無しなんスか!?」

「「コシュ。招かれざる客の存在には気づいているね。侵入者の元まで連れていってほしい」」


 コシュと呼ばれた首無し馬は体全体で頷くような素振りを見せる。デュライーザデュロルが「ありがとう」と言い、デュランダルギルスの胴体が飛び乗ろうとした、その時だった。


 地面にボコッと大穴が開き、地下から飛び出してくる巨躯があった。


 人というより熊といった方がしっくりくるほど大柄なその何者かは、空中に大きく跳び上がり、巨大な掘削用ドリルを唸らせてデュラハン兄妹目掛けて振り下ろす。


 兄妹は迎撃の体勢に入り――――


「おりゃーっ!!」


 先にドリルの巨躯を真っ正面から迎撃したのは、クルリであった。

 空中で、巨体と小柄が交差する。

 大振りのドリルを避け、逆に蹴りを見舞ったクルリは、そのまま敵を吹き飛ばした。


 華麗に着地するクルリ。

 呆気にとられるデュラハン兄妹に、にぱっ! と笑って言葉をかける。


「クルリも感じたよ。わるい奴が来たんでしょ?」

「「……!」」

「行ってきていいよ! ここはクルリにまかせて!」

「「…………わかりました。ありがとうございます。すぐ戻ります。読坂さんたちは、どこか安全なところに……」」

「待つッス」


 みみかが、装着していた大きなヘッドホンを外し、更に、耳栓も外した。

 目を瞑り、耳を澄ませた。

 ぽんタイの記者・朝倉みみかは――――〝地獄耳〟である。


「……聞こえるッス。北北東の方向。独り言を呟いてる。この声は……ぽん大の二年生男子。斉川さいかわ弥助やすけ

「みみちゃん。斉川弥助って、私たちに単位の墓場にまつわる噂の情報をくれた子じゃないか」

「ってことはだにゃ? ……もしかすると……そもそもあのアホは、朕たちに単位の墓場を見つけさせるために情報を寄越してきたのかもしれないにゃ」

「「どういうことですか?」」


 かたりと、みみかと、よんこは、冷や汗を垂らして顔を見合わせた。


「私たちに単位の墓場を探させ、見つけさせる。その間、私たちを尾行していれば、自分も単位の墓場の場所を知ることができる。知って何をするつもりなのかはわからないが……どうせろくなことじゃないよ。要するに私たちは利用されたんだ。レーゾンデートルのパンデミックレディオを電波ジャックした前科のある、留年しそうなぽん大生……〝ディザスター〟斉川弥助に!」




【後編へ続く】

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