ぽんぽこ大学秘境冒険記 ~単位の墓場・前編~

「冒険に行きたい」


 サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の部室。

 ぽんぽこ大学の四年生、読坂よみさかかたりが、小さく声を発した。

 そして笑い声にかき消された。


「にゃはははは! ちんの勝ちにゃー!」

「うー、よんこ先パイ強すぎッスよ~。どんだけスマブラやり込んだんスか?」

「なにしろロクヨン時代からやってるもんにゃ~」

「ロクヨンって無印の頃じゃないッスか! あたしじゃ勝てないわけッスね……。……ん? ちょっとかたり先パイ、何スか。何でゲーム画面を隠すんスか」

「邪魔にゃ! スイッチの画面見えないにゃ!」


 かたりはテーブルに置かれたゲーム機の画面をボードで隠し、ふたりの女子を睨みつける。


「冒険に行きたい」

「突然何スか……。あ、先パイもスマブラやるッスか? よんこ先パイが四人分のジョイコン持ってきてくれたんで、先パイもできるッスよ」

「冒険に行―きーたーいー!」


 スマブラ中だったふたりの女子、朝倉あさくらみみかと日下くさかよんこは顔を見合わせた。ふたりとも、こう思っているだろう。

 また始まったよ。


 ぽんぽこ大学で新聞を勝手に発行している〝ぽんぽこタイムズ〟は、編集長・読坂かたり、地獄耳の記者・朝倉みみか、千里眼の記者・毎沢まいさわしろ、四コマ漫画担当・日下よんこで構成されるサークルである。発行している新聞の評判は良好。異能を持つふたりの記者がネタを見つけ、辣腕の編集長が中心となって記事を書き、職業漫画家でもある四コマ担当がデザインを決めるという一連の流れは、コンビネーションが重要であった。


 しかし今、みみかとよんこはスマブラに夢中。しろは外出中。記事を書きたいという思いがあるのは現在、かたりだけであった。


「危機感を持ったね私は。いいかいふたりとも。ぽんタイは四人の力が合わさって初めて最高の新聞になるのだ。さあ、絆を深めるために、冒険に出ようじゃあないか」

「朕は次マリオ使うにゃ」

「あたしはファルコンッスかね」

「聞きたまえよ!?」


 じたばたするかたり。そんなわがままな先輩を無視しきれないのが、苦労性のみみかである。耳につけた大きなイヤホンを外して首にかけ、眼鏡を上げて溜息をつく。


「はあ……なんなんスか、冒険って」

「よっくぞ訊いてくれた! 実はだね、『ぽんぽこ大学ガイド』の新しいバージョンを編纂しようと思っているのさ」

「ぽん大ガイドの……?」


 サークル・ぽんぽこタイムズでは、新聞の他にも様々な冊子を発行している。ぽん大ガイドもそのうちのひとつだ。毎年新入生に配布する『ぽんぽこ大学ガイド 新入生向け』と、ある程度ぽん大に慣れた者のための『歩き慣れた人向け』の二種類がある。


「新入生向けでは、ぽん大の中心的な設備や最低限必要な知識を概略的に示した。歩き慣れた人向けでは、そこからもう少し突っ込んで、学食ストリートの店舗紹介だとか、教授別の攻略難易度だとか、数ある謎のサークルの活動内容や危険度を載せたりした」

「力作ッスよね。たくさんの学生の役に立ってるんだし、自治会は部費を増やしてくれてもいいと思うッス」

「だが……ぽん大ガイドは、まだ完成していない」

「どゆことにゃ?」

「先日、こんな情報が寄せられた」


 かたりがタブレットをふたりに見せる。そこには一通のメールが表示されていた。


「差出人は……斉川さいかわ弥助やすけ、ッスか? ぽん大の二年生ッスね」

「あー! こいつこの前レーゾンデートルのパンデミックレディオを電波ジャックしてきたアホにゃ!」

「そんなことより、本文を読みたまえ」



  斉川弥助<give.me.tanwyyyyy@ponpokomail.com>

  初めまして。斉川といいます。

  ぽん大の面白情報を募集中と聞いたので、情報提供します。

  ぽんタイの皆さんは〝単位の墓場〟というのをご存じでしょうか。

  科目の成績が悪いせいでD判定やZ判定を受けそうになると、単位は自らの死期を悟り、人知れず群れを去って墓場に向かい、仲間の単位たちに死に際を見せずに落ちていくのだとか……。その墓場が、ぽん大のどこかにあるという噂が流れているんです。

  なんか神秘的じゃないですか?

  僕が落とした単位も、そこで安らかに眠っているといいなあ。



「……という、わけなのさ」

「わけなのさって言われても意味不明ッスけど」

「象の墓場じゃにゃいんだからさあ」

「えっふたりとも食いつき悪くない? 単位の墓場、ダメ? わ、わかったじゃあ他のネタもあるんだぜ聞いてよ。ぽん大の古代遺跡。ぽん大の隠しダンジョン。ぽん大の先住民族の集落。ぽん大のUFO墜落地点」

「ああ、先パイが言う新しいぽん大ガイドっていうのはもしかして、そういうまだ謎だらけの秘境とかについてまとめたガイドブックをつくろうってことッスか?」

「その通りっ! さあ行こう今すぐ行こう冒険の旅へ!」

「えぇ~。朕はパス」


 よんこが億劫そうに手をひらひらさせ、ゲーム機のコントローラーを握り直した。しかし、かたりも引かない。両手の人差し指を自分のこめかみに当てると、念じた。


「テレパシーをくらえ! むん!」

「うにゃああっ! ちょ、やめるにゃ! スマブラ中に朕の脳内で般若心経唱えんにゃ! 気が散る! やめるにゃ! やめっ……やめろォッ!!」


 読坂かたりはテレパスである。相手の頭で考えていることがわかるし、自分の頭で考えていることを相手の頭に伝えることもできる。今はその能力を応用し、よんこの思考を撹乱しているのであった。


「よんちゃんは私たちと一緒に来るって言うまでそのままね。さあ行く準備をしようじゃあないか、みみちゃん!」

「しょーがないッスねえ……行くッスよ……。ほら、よんこ先パイも、もう諦めた方が」

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色」

「悟りを開きそうになってるッス!?」

「よーし、しろちゃんも呼ぼうか。むん!」


 こうして、ぽんぽこタイムズによる秘境探索隊が出発した。

 ひとまずの目的地は、単位の墓場。しかしそれがどこにあるのかは不明だ。

 ゆえに、まずは聞き込み調査である。




     ◇◇◇




【〝ヒーローズ〟緑川みどりかわ隼人はやとホァン健介ケンスケによる証言】


「単位の墓場ぁ~? なんだよそれ……聞いたことねえけど。ホァンはどうだ?」

「不知。我、落単、一切無。故、墓場存在不知」

「ホァンは優秀だからなあ……ごめん読坂先輩、力になれそうにないわ」

「面目無。但……単位墓場、滅茶面白! 汝調査、我応援! 頑張!」

「あ、そうだ。こんな言い方はアレだけどさ、単位落としてそうな奴に聞けばいいんじゃないか? 例えば――――」





【大学生YouTuber・ぽこどんとその助手・田中による証言】


「いや、なんでそれで僕に取材が来るの。僕こんなYouTuberやってるけど一応ずっとフル単だからね? 真面目に講義受けてるとは言い難いかもしれないけどさ」

「助手田中もフル単ですし」

「でも、聞いてるよ。単位の墓場。僕もぽん大生YouTuberとして調べたいと思っていたところだけど、情報がなくて難儀していたんだ。学内の回れる場所はあらかた回ったけど、それらしいものは見当たらなかった。もしかすると、いくつかある立ち入り禁止区域内に何かあるかも……。って、ちょっと君ら。立ち入り禁止区域はやめといた方がいい。ねえ聞いてる? その後輩たち嫌がってません? ちょっとー」





【地下ファイター・風包かざくるまクルリによる証言】


「ようじんぼー? キケンな場所に行くから? いいよ! クルリが守ってあげるよ! りゅうねん? うん、クルリ、単位?っていうの落っことしちゃって留年してて、まだ一年生だけど……だからこそふさわしいの? よくわかんないけど、クルリ、ようじんぼーがんばるね! ……えぇっ!? おねえちゃんたち、そっち行くの!? そっちは行っちゃだめってが……」




     ◇◇◇




 読坂かたり。

 朝倉みみか。

 日下よんこ。

 毎沢しろ。

 以上四名に、助っ人用心棒・風包クルリを加えた秘境探索隊は、ぽん大南部の立ち入り禁止区域に足を踏み入れていた。


 そこは昼間にもかかわらず薄暗く、じめじめとした場所であった。痩せた土地には石ころが転がり、カラスが侘びしく鳴いている。辺りは薄い靄が立ち込めていて、足先からひんやりとした空気が這い上がるような感覚があった。遠くからは謎の唸り声やら呻き声やらが響き、時折、すすり泣くような声も聞こえる。


「な……なんかここめっちゃ怖いッス……」

「くらい……。怖いの、やぁ……」


 両手を繋ぎ合って震えるみみかとしろ。よんこはそんなふたりを見て笑う。


「怖がることないにゃ。確かに不気味にゃけど、お化けなんていないにゃ。いたとしてもここはぽん大にゃし、人に悪さはしないはずにゃ」

「よ、よ、よんこ先パイ、それ」

「んにゃ?」


 みみかの指さした先には生首が落ちていた。


「オワーー!!」

「野太い悲鳴上げるんじゃあないよ、よんちゃん。これは確かに生首にも見えるけど、よく見てみたまえ。この首はまだ生きている」

「もっと怖ぇんにゃけどォ!?」

「怖い怖いって思うから怖くなるんだぜ? ねークルリちゃん?」

「そーそー! こんなのより、怒ったゆじゅぅの方がコワいし!」

「このふたりどんだけ肝が据わってるんスか」


 読坂かたりは、好奇心が刺激される環境にいる時は恐怖心などが鈍くなる。そして風包クルリは、基本的には、敵意や悪意のないものから恐怖を感じることはない。ふたりは率先して落ちた首に近づき、覗き込んだ。


 首がぱちりと目を開けた。


「ギャー!!」「ひぅっ!」「オギャー!!」

「みんな驚きすぎ。生きてる首が目を開けるのは当然じゃあないか」

「首から下がないのに生きてるのが怖いんにゃろが!!」

「あーあーうるさい、うるさいですあなたたち。少し静かにしてください。ここは〝単位の墓場〟へ続く道。死者が通る道なんですよ」


 女の声で、首が喋った。みみかは腰を抜かし、しろは口から魂を出して失神し、よんこはガタガタ震えながら十メートル離れたところでファイティングポーズをとっている。

 かたりが、ぽん、と手を叩いた。


「単位の墓場! やはり実在したのか!」

「またりちゃん、探してるところってここなの?」

ね。早く覚えてくれたまえよ名前。そう、ここが目的地へと続く道であり、この先が単位の墓場だ。ということでいいんだよね、首さん?」

「まあそうなんですが。私の名前は首さんではありません。きちんとデュライーザデュロル・ジグラドヴォルハンという名前があります」

「えー、名前ながいー」

「呼びにくいんでしたらデュラハンと呼んでくれて構わないです。みなそう呼びます」


 またもやかたりが手を叩き、「なるほど!」と言う。「どうりで首だけなわけだ。きみはアイルランド地方に伝わる首無し騎士の妖精〝デュラハン〟なんだね」


 すると、ガチャガチャという金属音が聞こえてくるとともに、薄靄の中から鎧の騎士が現れた。鎧の騎士は首を拾うと、小脇に抱えてかたりたち訪問者の方を向く。

 騎士に生えている首と、小脇に抱えられた首が口を揃えた。


「「そうです。デュラハンです」」

「絶対違うよね!? 鎧のあなたにはしっかり首あるよね!?」

「私たちは双子の兄妹デュラハンでして」「僕の妹のデュライーザデュロルは肉体が逃げ出していってしまって」「今は私と近しい存在である兄・デュランダルギルスの胴体を自分の体として認識しているんです」

「なんじゃそりゃ。カオスだなあ。え、でもなんで今はその体にお兄さんのデュランダルギルスくん、だっけ? の首が生えてるの?」


 かたりの指摘に、兄・デュランダルギルスと、妹・デュライーザデュロルは何故か照れた。

 そして兄は自分の首を外して小脇に抱えた。


「「良いツッコミがもらえるかと思ったので……」」

「ワンタッチで着脱可能かよ!」

「「ああっ今のツッコミも素敵」」

「へ~。よくわかんないけどー、生首のふたりはなかよしなんだね!」


 無邪気なクルリにデュラハン兄妹は微笑むと、「では、行きましょうか」と先を歩き出す。


「ん? もしや案内してくれるのかな?」

「ええ。ツッコミを入れてくれたお礼です。単位の墓場へとお連れしましょう。どうやらあなたたちに悪意はなさそうですし。ただ、気を付けてくださいね」

「えっ……?」


 兄妹は一瞬振り返り、目を妖しく細めた。


「あまり騒がしくすると、単位の死霊を呼び覚ますことになりますから……」





【中編へ続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る