ぽんぽこイレブン ~辻蹴り侍~

 ぽんぽこ大学、サッカーグラウンド。

 快晴の青空の下で、サッカー部員たちが束の間の休憩時間を満喫していた。


「はあ~あ。キッツいぜえ」

 骸骨のスカルフェイスがぼやいて、日陰のベンチに座り込む。

「さすがはラヴちゃんの練習メニューってとこだな……骨が軋むわ」


 宇宙人のラヴ・オーオオが入部してから数週間が経っていた。彼女はニッポーオーニッポー星という、サッカーが盛んにおこなわれている星の出身者である。入部してすぐエースと認められた彼女が、弱小サッカー部である彼らを全国へ連れていくと豪語してから今に至るまで、練習は厳しさを増し続けていた。


 ゾンビのレーゾンデートルがスカルフェイスの隣に座り、こぼれかけていた自分の目玉を押し込む。


「ハードだよなあ。俺なんかゾンビだろ? 腐りがちな体を酷使すると脚がとれちまう」

「ゾンビあるあるはよくわからないけれど、練習がキツいことには同意だ」


 言いながらスカルとゾンに近寄るのは、ミイラ男の帯巻おびまき赤目あかめ。冷静沈着な口調で「ただ」と付け加える。


「非常に理に適った練習法だと思うよ。各々に合ったメニューを考えてくれている。例えば僕は目がひとつしかないのだけれど、そのせいで空間把握能力が低い。だからラヴちゃんはそれを補う練習法を教えてくれた」

「帯巻先輩はシュート力とバネはあるのに目が一個だけってのがホントにハンデっすよね。それでも俺たちの中では最強のフォワードだったんだからすげーっす」

「ありがとう。きみたちにも、他者には真似できない個性がある。頑張っていこう」

「はい!」


 返事をしてからグラウンドの方を見る。日光の照らす芝の上では、ラヴが、突然変異の巨大ガマガエル・蝦蟇にヘディングを教えていた。かと思いきや、蝦蟇がブレイクダンスのように頭を軸に回転し、蹴りを放つ。カポエラのようなそのシュートは、勢いこそ強かったが、ゴールには入らずあさっての方向に飛んでいってしまった。

 蝦蟇は落ち込んでいるふうだったが、ラヴが「今の感じ! 今の感じですよ!」と褒めるので、その潤った目には再び光が宿っている。


「なんかすげえ必殺技みたいなの教えてんなあ……」

「蝦蟇かっけえ……」


 スカルとゾンが呟く。一方で帯巻は「ん……?」と何かに気づいた様子。


「どうかしたんすか?」

「あそこを見てみて」


 帯巻が指さしたのは、蝦蟇が飛ばしたボールの方向であった。見れば、そこには侍のような着物を着た謎の男が、飛んでいったボールを受け止めてリフティングをしている。そして男はひとりではない。十一人の侍が、いつの間にかグラウンドに現れていた。


 侍のうちのひとり、リフティングをしていた男が声を張り上げる。


「ぽんぽこ大学蹴球部とお見受けする!」


 ベンチで休憩していた部員たちは、顔を見合わせた。


「腕試し……否! 脚試しに来たでござる! 拙者たちの挑戦を受けていただきたいで候!」




     ◇◇◇




「辻蹴りザムライズぅ~?」

 相手チーム名を聞くが早いか、ラヴは露骨に嫌な顔をした。

「なんか、ださくないですか?」


 サッカー部はグラウンドの隅で一旦集まり、今いる部員全員で話し合いをしていた。顔をしかめているラヴの他にも、面白がってニヤニヤしているスカルとゾンや、不安そうにしているスライムのぷるすけ、早速相手チームの分析をおこなっているロボットのテクノなど、様々な反応がある。

 キャプテンの有翼人種・大空おおぞら矢羽やばねが、ラヴをたしなめた。


「ラヴちゃん。そんなことを言うものじゃない」

「大空先輩」

「辻蹴りザムライズは正々堂々と試合を申し込んできている。ならば受けて立つのが筋だと俺は思うぞ。みんなはどうだ?」


「故人的にも……試合をしてみたいと思わずにはいられ亡い……」

 幽霊の霊太郎れいたろうがぼそぼそと肯定を示すと、

「僕も賛成だ。どれだけ自分たちの力が上がったのか、確かめてみたい」

 ミイラ男の帯巻が包帯の間の目を赤く光らせ、

「みんながやるなら、ぼくも全力でサポートするよっ!」

 森の妖精・ウィローが魔法の杖をしゃらりと振り、

「波羅蜜多」

 手がいっぱいある奴・観音開かんのんびらきボサシが何やら唱える。


「そろそろ決まったでござるか?」


 辻蹴りザムライズの主将であるゴザ斬衛門ざえもんが声をかけてくる。キャプテン有翼は「ええ。やりましょう」と応えた。しかし一方でラヴは不機嫌なままだ。


「練習の途中だったのに……」

「マア イイジャ ナイカ。 気分転換 ニモ ナル ダロウ」

「テクノ先輩。でも……」

「ああ、それと。言い忘れていたでござるが」


 ゴザ斬衛門はニヤリと頬を歪ませ告げた。


「試合後、負けた方は〝打ち首〟という約定のもとにて戦いたいで候。――――まァ? 怖気づいて逃げても? 構わないでござるが?」


 キャプテン有翼は「何だって?」と愕然とした。

 もちろん、ぽん大サッカー部の全員も騒ぎ立て始める。「何だよそれ!」「そんな物騒なルール設ける必要あんのか?」「だったらやらない方がいいよっ!」「ぷるぷる……こわい……」


 そんな部員たちを見て頷き、キャプテン有翼は試合を断ろうと一歩進み出た。


 しかし。

 ラヴは彼よりも先に一歩踏み出し、言い放っていた。


「いいでしょう」


 ピシッと櫛で髪を整え、

 バシッとボールに片足を乗せ、

 ギンッとぎらつく瞳で射竦め、ラヴ・オーオオは宣言する。


「見せてやりますよ。何光年も先をゆくボクらとの! 格の違いってやつをさ!」


 ぽん大サッカー部は青ざめた。

 辻蹴りザムライズは醜悪に嗤った。

 勝者は生存、敗者は打ち首。謎の侍集団とのサッカー・デスマッチが遂に幕を開けたのであった。




     ◇◇◇




 63-0で敗北した辻蹴りザムライズは土下座したのであった。


「ゆるしてください」

「ああ……うん……元気出して、侍のみなさん」

「何を気遣いみたいなこと言ってんですか大空先輩! ボクと一緒に高笑いしましょうよ! はぁーっはっはっはっはっは!!」


 小さな体を大きく反らして哄笑するラヴ。五十得点以上の超ハットトリックを達成した彼女はめっちゃ楽しそうにザムライズを捻じ伏せていた。一切の手加減なく。


「ラヴちゃんの手心のなさヤバイな」

「さあ! 約束通り打ち首してもらいましょうか! ちなみに打ち首ってなんですか?」

「……知ら亡かったのか……。首を……胴体から切り離す……死刑のことだ……」

「幽霊の霊太郎先輩が言うとなんか怖い」

「ええっ!? そ、そんなのダメですよいくらなんでも! 命を懸けるほどの試合じゃなかったでしょ!?」


 ラヴの言葉にハッとして、ゴザ斬衛門らが顔を上げる。キャプテン有翼やスカルやゾンなどといったメンバーも、「まあ打ち首はナシだろうなあ」と話し合っている。


 ゴザ斬衛門はちょんまげを揺らして立ち上がりながら、またもニヤァリと笑った。


「ごっざっざ……」

「すごい笑い方だな」

「ぽん大サッカー部の弱点がわかったでござるよ。それは、優しさ。そんなことでは戦乱の世で生きていくことはできないで候……」

「いや今は割と太平の世だと思うが」

「蹴球など、拙者たちが得意とする競技のうちのひとつでしかない」


 邪悪なオーラを纏った辻蹴りザムライズのメンバーは、目を光らせて威圧感を漲らせた。


「次は……野球で勝負でござるッ!」




     ◇◇◇




 いくらザムライズがホームラン級の打球を放とうが、体重の軽いスカルフェイスが抜群のジャンプ力でことごとくをキャッチするので無理であった。


「ならば次は……籠球で勝負でござるッ!」


 キャプテン有翼が空を飛んで上空でパスを受け取り、ザムライズの届かない位置からシュートを決めまくるので無理であった。


「ドッヂボールで勝負でござるッ!」


 腕がいっぱいある観音開ボサシがボールのことごとくをキャッチしてすごい勢いで投げ返すので無理であった。


「ゴルフで勝負ッ!」


 古臭いカクカクしたロボット・テクノが演算能力を駆使してホールインワンを連発するので無理であった。


「ボウリングで勝負ッ!」


 ボウリングの歴史は古く、紀元前五〇〇〇年頃の古代エジプトには既にボウリングと似たようなものがあったとされているが、当時を知るミイラ男・帯巻赤目がブランクを感じさせない投球でフルスコアを叩き出したので無理であった。


「早食いで勝負!」


 突然変異の大ガエル・蝦蟇が、学食ストリート早食い大会の大会記録を大幅に更新したので無理であった。


「お菓子作りで女子力勝負♡」


 メルヘンフォレストの妖精・ウィローは下手な女子より女子力がありこの場の全員が彼のつくるカヌレに舌鼓を打ったので無理であった。


「熱湯風呂の我慢比べ」


 スフィンクス像のスフィンクスは石像なので熱湯もへっちゃらであり無理であった。


「早口言葉を噛まずに言えるかで勝負」


 ぽんぽこFMの番組〝レーゾンデートルのパンデミックレディオ〟のMCも務めているゾンは舌が腐っている癖にすごい流暢だったので無理であった。


「かくれんぼ」


 幽霊の霊太郎が気配を消すと霊感が強い者にしか見えなくなるので無理であった。


「にらめっこ」


 スライムのぷるすけは元々面白い顔なうえ、その表情は変幻自在であり無理であった。


「鬼ごっこ」


 楽しかった。


「缶蹴り」


 懐かしかった。


「ケイドロ」


 童心に帰った。


「だるまさんがころんだ」


 思いっきり遊んだ。


「影ふみ」


 夕方の長い影が、ぽん大のサッカーグラウンドに伸びている。


「なあ、みんな」


 キャプテン有翼がチームメンバーとザムライズに呼びかけた。


「また明日も、遊ぼうな」


 ゴザ斬衛門が「へへっ」と鼻の下を指で拭いた。


「明日も、そのまた明日も、ずーっとこうして遊べるといいでござるな」


 橙色の夕焼け空に、五時のチャイムが流れる。

 赤とんぼだった。

 遊び疲れた彼らは、汗と土にまみれながらも、晴れやかに笑う。

 歳は関係なかった。

 立場も関係なかった。

 人はいつだって、あの頃のように遊ぶことができる。


 ――――心を、通じ合わせることができる。


「ゴザ斬衛門!」


 キャプテン有翼がゴザ斬衛門の肩に腕(翼)を回す。


「また挑戦しに来いよ! こてんぱんにしてやっからよォ!」

「応よ!」


 ゴザ斬衛門の方もキャプテン有翼とガッチリ肩を組む。


「今度はぜってえ負けねえぜ! 吠え面かかせてやんよ、このトリ野郎!」


 そしてふたりは、

 否、サッカー部たちとザムライズたちは、

 不敵に笑い合い、互いに背を向けた。


「あばよッ!」


 夕陽をバックに、正反対の方向へ歩き始める。

 それは漢の友情。

 少年の純朴な心と、男の硬派な魂は、何者にも侵せない強い輝きを持っていた。

 ラヴは言った。


「えっこれなに?」

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