魔獣料理専門店〝GIGANT KNIFE〟
ずるっ……。
ずるっ……。
臙脂色の男がそれを引きずって一歩を踏み出すたび、周囲の人々は息をのむ。
緑色の返り血したたる前髪の、その奥でギラつく眼光が前方を照らせば、人垣は割れて道が開かれる。
全身に纏う臙脂のマント、そして背負っているバトルアックスをも緑の血で塗れさせ、何やら巨大な熊のような獣の死骸を片手で掴んで引きずるさまは、異様という他ない。
凄絶な身なりの男は、ぽんぽこ大学の、とある場所を目指していた。
ここはぽん大名物〝学食ストリート〟。
大学側から正式には認められていないにもかかわらず、「まあいいんじゃね?」みたいなノリで勝手に建てて勝手に営業している学生食堂が集結した、レストラン街のような場所である。
もともとはデデドン通りという名称の、ただの広めな道だったのだが、そこにいわゆる〝非公認学食〟が大量に店を構えるようになってからは、さすがに道は狭くなった。道の両脇に学食ができ、座席も確保されているとなればそれもまた当然だ。例えば今現在のような、混雑する昼の時間帯には人ひとり通るのでやっと。
隘路にも近いその道を、男は、三メートル級の巨熊を引きずって歩いている(しかも血まみれ)。
平和にお昼をとっていた学生たちや学食の店員たちにとっては、かなりの迷惑行為である。
「お、おい!」
果敢にも、血まみれ男に食いかかる者がいた。
「そこのあんた、迷惑だろ! 場所を考えた方がいいと思うんだけど!」
男が足を止めた。
びくうっ! と震える周囲の学生たち。
男は声をかけてきた学生にゆっくりと目を向けると、緑色に汚れた手で無精ひげを撫でた。
ふむ……と考え込んだのち、すまなそうに目を瞑る。
「それもそうだな……。申し訳ない……。……この埋め合わせは、きっとする。ああ、そうだ……もしよければ、君も、一緒に来ないか?」
「は? え、オレ?」
「そう、君だ。私は今から、この魔獣を調理できる唯一のシェフに会いに行く。ここの奥にある、『
「魔獣……。ギガントナイフ……」
「詫びとしては足りないかもしれないが、もしこいつの味に興味があるなら、ついてくるといい。私と、私の妹たちだけでは到底、食べ切れる量ではないからな」
ひょこん、と、男の陰から女の子たちが顔を出す。
三人の少女は、それぞれ顔立ちは似ていたが表情が異なっていて、個性的に着飾っている。そして、隣に立つ男のような血生臭さはまるでない。
学生は息をのみ、恐る恐る訊ねた。
「あの……あなたは、いったい」
「私は
男は名乗り、頬の古傷を撫でる。
「ぽん大の、モンスターハンターだ」
学生が、目玉が飛び出るほどに驚いた。
と、いっても……
彼はスケルトンなので、そもそも目玉はないのだが。
◇◇◇
「ほお。となるとスカルフェイス君は、サッカー部のエースということかな」
「過去形っすよ過去形。今は彗星のように現れた新エースが大活躍中で」
非公認学食〝GIGANT KNIFE〟。
学食ストリートをかなり進んだところにあるそこにはカウンター席があり、スケルトンのスカルフェイスとハンターの意地ヶ谷轟、そして轟の三人の妹たちは、一列に座って魔獣の調理が始まるのを待っていた。
ストリートの奥の方なだけあって、付近の空気はやや淀んでいる。日中にもかかわらず薄暗い。道のところどころにはガス灯のような明かりがついていて、ぼわんとした光を浮かばせている。ギガント・ナイフの内装にも電気が光り、壁にかけられた鹿の頭部や、意味不明な異国語で書かれたお品書きや、木製のカウンターにできた血のような染みを照らしていた。
そして店の奥からは、熱気と、肉の焼ける香り。
「オレ、こんな奥まで来たの初めてっすよ」
スカルがきょろきょろと辺りを見回しながら、顎の骨をカツカツ鳴らす。
「なんか裏社会って感じしますけど、まだ先があるんすよね?」
「ああ。だが……最奥については、知らない方がいい」
「えー、そんなヤバいんすか」
「それより注文だ。ここのドリンクは美味いぞ。迷うようなら、このりんごジュースにするといい」
「めちゃ普通っすね……」
学食ストリートの最奥について、露骨に話を逸らされた気がしたが、スカルはそれもまた轟の優しさなのかもなと理解した。接していると、この男は、不器用ながらも思いやりのある人物なのだとわかってくる。
メニュー表は見たこともない異国語で書かれていたが、幸い、その下に日本語訳のシールが貼られていた。とはいえ、スカルは骸骨なので飲食ができない。学食ストリートの奥に興味があったから轟についてきただけなのだ。
(よく考えたらこれって冷やかしになるのか? こんなヤバそうな場所で冷やかしなんてしたらどうなるんだ?)
ひょっとしたら酷い目に遭わされるかもしれない。スカルは冷や汗を垂らした(スカルに汗腺はないが)。
「にーちゃん!!!! ちゅーもん決まった!!!!」
「オレも決まったぜ、あにき」
「ぉ…おに…ちゃ…。わたし…も…」
妹たちの注文が決まったらしい。スカルから見て、轟を挟んで反対側にちょんちょんちょこんと座る少女らは、にぱにぱ元気に笑っていたり、野球帽を不敵に傾けていたり、ぎゅうっとカタツムリのぬいぐるみを抱いて体を縮めていたりした。
「よし。おい、マナナギ! 注文だ」
轟が声を張る。すると店の奥から「はいはァ~い!」と言いながら大きな腰を左右に振って何者かが現れた。彼……いや彼女……は、アイシャドウと付け睫毛と腕毛がすごい屈強な、男……いや女…………
オカマであった。
「改めて、来てくれてありがと轟ちゃん♡
ずい、と顔を近づけてくるオカマ。スカルは思わず背筋を凍らせるが、自分には背筋がないことに気づいて冷静になる。
「スケルトンの、スカルフェイスちゃん、だったわよネ? ギガントナイフ店長のマナナギよ。今日はぁ、ヨ・ロ・シ・ク♡」
「えっ、あっ……ハイ」
「あァンもう、ウブな反応が可愛いわァ~」
ウブなのではなくちょっと引いてるだけなんだけど、とスカルは内心で思った。
「彼は引いているだけだと思うぞ」
「言っちゃったよ!」
「あらァ~ン、アテシの気を惹いているのねェ~」
「んん~ポジティブ」
「マナナギ!!!! 早くごはん!!!! おなかすいた!!!!」
「はァ~い、茜ちゃんちょっと待っててねェ~ン?」
注文をとり、ドリンクを出してから、マナナギ店長が店の奥へ戻る。まだ魔獣の解体が終わっていないのだという。
消し切れていない血の匂い。
それは店の奥からだけでなく、隣からも漂ってくる。
スカルには知りたいことが山ほどあった。
「あの。意地ヶ谷さんに聞きたいことがあるんすけど……」
「はいはーい!!!! なあに!?!?」
「いやオマエじゃねーだろ茜」
「だってあたしも意地ヶ谷だもーん!!!!」
「オマエに言ってないって意味ィー」
「楓はうっさいなー!!!! そんなのわかんないじゃん!!!!」
「じゃあスカルフェイスお兄さんに確認してみろよ」
「おにーさん!!!! 今あたしのこと呼んだんでしょ!?!? そーだよね!?!?」
スカルはちびっ子たちの勢いに一瞬圧されたが、ニカッと笑ってカウンターに肘骨を突き、少女らの方に体を向ける。
「ごめんなー、茜ちゃん。オレは轟さんのことを呼んだんだ。紛らわしくてごめんよ」
「うん!!!! 知ってる!!!!」
「知ってるんだ!?」
「ごめんなスカルフェイスお兄さん、茜はバカなんだ」
「楓だって算数ダメダメじゃん!!!!」
「茜だって七の段できねーだろっ!」
「うるさいバカエデ!」
「バカネ!」
取っ組み合いの喧嘩が始まった。元気っ子な茜が帽子を奪えば、ボーイッシュな楓は取られた野球帽を取り返そうと掴みかかる。それを見ていた気弱な末っ子の霞は、カタツムリぬいぐるみを抱いたまま泣き出してしまう。
あららーとスカルは思いながら、止めてくれることを期待して、轟を見た。
轟は、硬い表情のまま、腕だけをわたわたと動かしていた。
「あわわわ」
「すっごいおろおろしてる!」
「お。おま。おまえたち。喧嘩はよせ」
「茜パンチ!!!!」
「楓キック!!」
「うぇぇえんうぇぇぇぇええ、ひっぐ、うびゃああああ」
「喧嘩やめなさい。そうだ。魔獣の森で採取したキノコがある。食べるか? うまいぞ」
「茜タバスコ撒き散らし!!!!」
「洒落になんねーからやめろ!!」
「ギャアアアアアアからいよおおおおおおおびゃあああ」
「わかった。では兄ちゃんがあれをしてやろう。面白いから見ていろ。創作ダンス」
轟は軽妙に踊り始めた。茜と楓はそんな兄に目もくれずお互いの頭にオレンジジュースをかけている。霞はびゃあびゃあ泣いている。轟は踊り続ける。スカルは呟く。
「誰か助けて」
◇◇◇
「墨堕区の〝コンクリートジャングル〟は知っているな。ビルが廃墟になり、崩れ、かろうじて立っているだけの枯木のようになった〝死んだビル〟が林立し、文字通りコンクリートのジャングルを形づくっている場所だ」
喧嘩が終わり、落ち着いた頃。
ギガントナイフのカウンター席では、轟が、スカルの「モンスターハンターって何すか?」という質問に答えていた。
「私の仕事は、そこに適応した進化生物を狩ること。鍛冶屋で武器や防具を揃え、酒場でクエストを受注し、チャットで『よろしくお願いします!』と定型文を打ちながら四人で一狩り行くというのがモンスターハンターとしての仕事内容だ」
「カプコン」
「とはいえ、私は主にソロでのハンター稼業を続けている。ひとりの方が気楽でね。妹たちは私についていきたいとせがむのだが……危険な場所だ、連れていくわけにはいかない。その代わり、クエストをこなす合間に個人的に狩猟した獲物でパーティーを開くという約束をしているんだ」
本当は弟もひとりいるからそいつも連れて来たかったんだがな、と轟は言う。その弟とは、今回たまたま予定が合わなかったらしい。
「モンハンっすか……知らない世界でした」
「この辺には滅多にいないからな。お、料理が来たぞ」
お待たせェンと腰を左右に振りながら現れたマナナギ店長が、鉄板焼きのステーキを持ってくる。茜と楓と霞が、わーっと歓声を上げた。
「いっただっきまーす!!!!」「いただくぜ!」「い…いただきま…」
「熱いから気を付けるんだぞ。さて、私たちも食べよう。いただきます」
「あ」
スカルは恐る恐る手を挙げた。
「オレ、スケルトンだから食えないんすけど……」
「ああ……そういえばそうか。君には胃がない」
「わざわざつくってもらっちゃって悪いんすけど……あっお代なら払います」
「だそうだ、マナナギ」
「ふゥ~ン……」
マナナギ店長は笑みを消してこちらを見つめてくる。
いや、笑みどころか、表情がない。
スカルは思った。
ヤバイ。
「お代は払うって言ったワよね……?」
「え? ええ、ハイ、ええと、二千円くらいで大丈夫っすか……?」
「足りないワねえ……全然足りない……だってアナタ、命知らずにも、この学食ストリートの奥まで来て冷やかししてるってことでしょォン……?」
「い、いや、そういうわけでは」
「アテシぃ……アナタを一目見た時から、おいしそうなコだと思ってたのヨねェ……」
ヤバイ。
スカルは無い眼球を素早く周囲に巡らせる。
自分の体は軽いから、ジャンプすればかなりの飛距離を稼げる。通路は狭いから、壁を蹴って上に飛ぶことを繰り返せば、学食ストリートを上空から脱出することは可能かもしれない。カウンターに二千円いや三千円を置いて跳躍し、離脱する……これだ。マナナギ店長に飛び道具はないのだから、これで逃げられるはず。これしか、ない。
スカルは勢いよく立ち上がった。
マナナギ店長の左腕(機械の義手)が変形してライフルの形状になった。
スカルは座った。
◇◇◇
こうしてスカルは見返りを体で払わされたのであった。具体的には、熱湯の鍋に浸からされて出汁をとられたのであった。スカルからとった出汁でつくった料理は絶品だと評判になったので、スカルはギガントナイフで働くことになり、それなりに高い賃金をもらえるようにはなったのだが、スカル自身は「いいのか!? オレからとった出汁だぞいいのか!?」という疑問を抱き続けたのであった。
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