男慣れしてそう三銃士を連れてきたよ。
ぽんぽこ大学の敷地内。
そのとある場所に、緑の芝生に覆われた小高い丘がある。
教室のある棟にも近い場所にあるため、晴れの日にはここにレジャーシートを敷いて昼食をとる学生も多い。丘のてっぺんには一本のリンゴの木が生えているが、その下で寝ていたとある研究者がリンゴの落ちる瞬間を見て「リンゴが落ちるのは……地球にリンゴを引く力があるからだ!」と世紀の大発見をしたことでも有名だ。
そんな丘の、中腹へ。
「ねえ、
凛として美人なロングヘアの女子大生が、仏頂面で現れた。
「さっきのLINEは何」
不機嫌そうに言うのは
彼女に対し、パーマのかかったショートヘア女子・
夕乃と麗華はぽん大の裏サークル〝ヒーローズ〟の一員である。
治癒の異能を使う夕乃と、氷を操る異能を用いる麗華。ふたりはヒーローズ創始者・赤崎に才覚を見出され、前者はノリで、後者は半ば無理矢理、ヒーローズに加入させられた。夕乃は案外その状況を楽しんではいるが、麗華は学生の本分とは勉学であるとして活動に消極的である。しかし麗華も麗華で、正義感の強い女子だ。目の前に重そうな荷物を運ぶおばあちゃんが現れたなら、講義より人助けを優先する。悪が現れれば、戦うことも厭わない。その高潔な魂は他のメンバーにも引けを取らないだろう。
しかしそんな麗華だからこそ最近は疲労気味だということを、親友である夕乃は見抜いていた。
「ほら、座って。麗ちゃんのためにサンドイッチいっぱい作ってきたんだから」
「私、そろそろ試験の勉強しないといけないのだけれど」
「麗ちゃんの好きなタマゴサンドたっくさん作ってきたのになー? 麗ちゃんのためにー」
うぐ、となる麗華。むふ、となる夕乃。
夕乃はこういう頼み方をすれば麗華は逃げられないということを知っていた。
「……そういうの、ずるい」
「ふふっ、ごめんね。でもたまにはこういうのもいいわよ? 今日なんて快晴で、ピクニック日和だもの」
「そうだけれど……」
麗華が隣に座るのを待ってから、夕乃はおしゃれなバスケットを差し出した。サンドイッチがぎっしりと詰まっている。青空から降り注ぐあたたかな日光に照らされ、光沢を生んでいた。
「タマゴサンド、いただきます。……その前に。あのLINEについてなのだけど」
「『ピクニックをしましょう。十二時半に星降る丘に来てね。来ないと麗ちゃんの好きな人を暴露します』だったっけ?」
「だったっけじゃないわよ。あなたが送ってきたんでしょう。というか別に、私はまだ好きな人なんていないから」
「ええ、知ってるわ」
「まんまと釣られたってわけ……」
「でも一度麗ちゃんとそういう恋バナしたかったの。麗ちゃんたら、いつもお堅いから」
色っぽく微笑みながらしなやかな指を唇に添える夕乃。
麗華は、はあと溜息をついて体育座りになる。
「私、異性を好きになるという感情がわからないの。夕と一緒にいる方が気楽ね」
「も~。そんなだと、一生恋人できないわよ?」
「別にいい。夕がいてくれれば」
麗華が至って真面目に言うので、夕乃の方が恥ずかしくなってしまう。しかし、だからこそ夕乃は麗華にもっと人を好きになってほしいと思った。別に友達や恋人は無理して作らなくてもいい。だが、そういった仲間が多い方が人生は豊かになる。それが夕乃の考えだった。
「そういえば」
麗華がバスケットを怪訝な顔で見る。
「そのサンドイッチ、ふたりで食べるには量が多いと思うのだけれど。作り過ぎたの?」
「ふふ。作り過ぎたんじゃなくて、他に食べさせてあげたい子がいるのよ」
「他に?」
「おーい! ゆうちゃーん! 来ーたよっ☆」
手を振りながら丘を登ってくるのは、金髪サイドテールの色白ギャル、
「こ、こんにちは! 先輩方、誘ってくださりありがとうございます!」
続いてボールをリフティングしながら姿を見せたのは、もはや女子であることは公然の事実となりつつあるサッカー少女、ラヴ・オーオオ。
「……来てやったわよ」
最後にぶすっとした顔つきで現れたのは、黒パーカーを着てフードをかぶった元オタサーの爆弾姫であり現正義の爆弾魔、
「みんな、来てくれてありがとっ。サンドイッチいっぱいあるから、どんどん食べてね?」
「わーい☆ いただきまあす! んー! おいひー☆」
「えっ、こんなに! 桃谷先輩ありがとうございます!」
「一切れもらうわ」
夕乃の周りに群がる女子大生たち。
ミカは早速頬張りながら口元にタマゴをつけ。
ラヴはあせあせと恐縮しながらも口をもぐもぐさせ。
姫子は少し離れた位置で「あ……おいしい」と目を見開いてからすぐに不機嫌を装う。
そんな彼女らの様子を、麗華は憮然として眺めていた。
「どしたのー、麗ちゃーん」夕乃が目の前で手を振ってくる。
「どしたの、って……。この人たち、夕とこんなに親しかったっけ?」
「ミカちゃんとはたまに遊びに行くのは麗ちゃんも知っての通りだと思うけど、ラヴくんちゃんと姫ちゃんとはあんまり交流がなかったわね~。これから仲良くしていくわ?」
「あっ」
ラヴが声を上げ、居住まいを正した。
「自己紹介が遅れました。初めまして。ラヴ・オーオオです。ぽん大サッカーチームに所属する一年生です」
「……ご丁寧にありがとう。私は夕と同じ二年生の、青井麗華。よろしく」
「青井先輩。桃谷先輩からお聞きしてます。なんでも、クールでストイックで格好いい方だとか。本当なら初対面の人を尊敬するかしないかは自分で見極めるのですが……桃谷先輩の言うことなら、信じます。どうぞよろしくお願いします」
「あ、うん……」
なんだかすっかり夕乃に手懐けられているようだった。麗華は胡散臭そうな目で夕乃を見る。にこっと笑みを返された。夕乃は小悪魔なところがあり、そしてそれに自覚的だ。一方ミカは二個目のサンドイッチを頬張っている。
「ミカちゃんとは何度か会ってるわよね。姫ちゃんとは? これで二回目くらい?」
「そうね。……黒宮さん」
「……何よ、人の顔をじろじろ見て」
「口の端にマヨネーズが付いているわ」
麗華の指摘に、姫子は慌てた様子でティッシュを取り出し、乱暴に拭き取った。それから眉根にしわを寄せて不機嫌さをアピールする。一方ミカは三個目のサンドイッチを頬張っている。
「……で、どうしてわたしたちは集められたわけ」
「ピクニック日和だからね~」
夕乃はのらりくらりと言うが、姫子の視線に負けたのか、「んー、まあ、お話したいことがあってね」と苦笑する。一方ミカは五個目のサンドイッチを頬張っている。
「ミカちゃん、ラヴくんちゃん、姫ちゃん。この三人に共通することは何? 麗ちゃんお答えください」
「え、私? ……共通していること……? 三人とも、別のタイプのように思えるのだけれど」
「ヒント! ミカちゃんは、
麗華は答えがわかってげんなりし、荷物をまとめ始めた。
「帰る」
「正解は~? 三人とも男慣れしてそう! なので麗華ちゃんにいろんなレクチャーをしてあげられる! でしたー♪」
「裾から手を離して」
「まあまあいいじゃないたまにはこういうのも。別に恋人を作れって言ってるわけじゃないのよ? ただ、麗ちゃん。あなたは異性と交際してみるという選択肢を最初から無いものとして考えているように思えちゃうの。それはもったいないことだわ」
「夕がいる。それでいい」
「わたしがいなくなったら?」
思わず固まって、夕乃の方を見た。
「……いなくなる?」
「もしかしたら明日突然交通事故に遭うかもしれないわ? 麗ちゃんと遊んだりできなくなるかもしれない。そんな時のためにも、せめて私以外の友達くらいは作っておいてもいいんじゃない?」
麗華は新しく来た三人組を見回す。なるほど、と思う。真の目的は、麗華の友達づくりの手助けをすることであるらしい。
少し頬が熱くなった。夕乃への感謝と、自分への失望にも似た恥ずかしさがある。
レジャーシートに座り直す。
「……保護者ぶるのはやめて」
「ふふっ。じゃあ恋バナ、始めよっか!」
◇◇◇
「ケイくんはそういうんじゃないよ~」
夕乃に話を振られたミカが、照れたようにうへへと笑う。「確かにケイくんのことは大好きだけど、ミカ、恋愛はしないって決めてるの!」
「なんでー? 大好きならもう結婚しちゃえばいいじゃない」
「けっこん!? そ、それはちょっと~……ミカにはまだ早いってゆうか……」
ミカが困ったように頬をぽりぽりとやるので、夕乃は「あはっ、ミカちゃん可愛い~」と笑いかけた。麗華はムッとした。
「じゃあラヴくんちゃんは? 好きな子いないの?」
「ぼ、ボクですか? ボクは……ええと……」
「今頭に浮かんだ人でいいから言ってみて?」
「ば! あ、頭に浮かんでなんかないですよ誰も! でも……でも、将来的に恋愛をする時の参考にさせていただきたいので、皆さんの話はしっかりと聞くつもりです」
夕乃は「真面目なラヴくんちゃん可愛い~」とラヴの頭を撫でた。麗華はムッとした。
「姫子ちゃんは相当男慣れしてるわよね?」
「まあね。幾人もの男を手玉に取ってきたわ。でもわたしにそんなことができたのは、所属するサークルがオタサーで、相手が女慣れしてない童貞どもだったからよ。わたしに特段の魅力や技術があったわけではないわ」
「またまたー、姫子ちゃんも可愛いんだから自信持って?」
「……うっさい」
「恥ずかしがりなのも可愛いわ~」
姫子は「うっさい!」と叫んで背後の地面を爆発させた(姫子は爆弾魔なので感情が爆発すると付近を爆破してしまう)。
麗華は「ねえ」と少々いらだたしげに言った。
「なに? 麗ちゃん」
「どう考えてもこの中で一番まともに男性と付き合うことに慣れているのは、夕だと思うのだけれど」
心の中で、それに女慣れもしているし、と付け加える。
「それに夕は実際に交際相手がいるわけだし」
「そうだよー! ゆうちゃん、ウィローくんっていう妖精さんと付き合ってるんでしょ?☆」
「ボクもそのことは知ってます。ウィロー先輩はサッカー部の先輩なので」
「そうよ。男に対する正攻法ならあんたが一番わかっているはずよ」
四人の視線が、夕乃に集まる。夕乃は困ったように「んー」と人差し指を小さなあごに添えた。
「そうなのかしら? 確かにローくんのことを好きになってからはいろいろアピールして、ローくんから告白させることに成功したけど……」
四人の視線が、呆れる目や恐ろしいものを見る目に変わった。
「小悪魔」「小アクマだ!」「小悪魔ですね……」「悪魔」
「姫子ちゃんひどいわ! せめて小を付けてよ!」
「恋愛って、相手の感情を操作するほどのテクニックを使わないとできないものなの……?」
「ああっ麗ちゃんの中でハードルが! 大丈夫よ麗ちゃん、わたしが教えることを実践すれば今からでもモテカワになれるから」
「いや、別に私は……」
わいのわいのと和気藹々な雰囲気で女子会を続ける五人組。ぽかぽか陽気が彼女らを包み込んでいる。そこへのんびりと歩いて現れたのは、ヒーローズに所属するふたりの男子学生。
「あれ? 桃谷と青井と黒宮……と喜吉良木と宇宙人の一年生じゃん。ピクニック?」
「押忍~。今日、天気良好、行楽日和。屋外食事日和!」
「あら、ふたりとも。ちょうど良かったわ。ほら麗ちゃん、今教えたモテカワテクを使ってみて!」
「待って。どうしてこいつらにモテなきゃいけないわけ」
「いいからいいからっ。仮に好かれちゃってもお断りすればいいんだから♪」
「え、何? どうしたんだよ青井。え、この甘い雰囲気まさか、え?」
けしかけられた麗華は、もじもじとしながら頬を赤らめたり唇を噛んだりしていたが、意を決したのか、毅然とした表情でホァンを見る。
「あ、俺じゃないんだ」
「何何? 青井女史、何用?」
「……ね、ねえ、ホァン。その……」
固唾をのんで見守る女性陣。少々浮足立った男性陣。
そして麗華は、キッと鋭い目をして口を開いた。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………やっぱ無理っ!」
真っ赤になった麗華は思わず異能を発動、隼人とホァンを氷漬けにした。そんな様子を、夕乃とミカとラヴと姫子は、あたたかい目で見守っていたのであった。隼人は(何故俺まで……)と内心で呟いたのであった。
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