小森幸の心霊写真集
柿食えば
鐘が鳴るなり
法隆寺
むしゃむしゃむしゃむしゃ
ごんごんごーん
こんにちは。わたしは
大学では会話する相手がいない、いわゆる〝ぼっち〟なわたしですが、ひとりでも楽しくやっていけるのがぽん大の良いところだと思います。
というわけなので、今回もこの昼休みを使ってわたしは学内をのんびりとお散歩しているのでした。
と、目の前を蝶々がひらひらと舞うので、すかさず首から下げた一眼レフでパシャリ!
「……うーん」
あまり上手く撮れませんでした。やっぱりなかなか難しいです。静止物を撮るならまだなんとかなるのですが、動くものって、タイミングもあるしなあ……。
そう、わたしは写真撮影も趣味にしています。このカメラは、地味~な在宅ワークをこなして貯めたお金で買った、大切な一眼レフちゃん。その名も、モノアイちゃんです!
待って~、ちょうちょさ~ん。
わたしはのほほんとしながらモノアイちゃんと一緒に蝶々を追いかけます。
パシャパシャと撮影しながら、頭の中の昆虫図鑑を開いてみました。子供の頃は、引きこもりながら一心不乱に図鑑を読んでいたものです。
この子は黄色いし、小さいし、よく飛ぶから、場所的にもモンキチョウかな?
「っと、わわっ!」
追いかけるばかりで足下を見ていなかったので、石段につまずいてバランスを崩すわたし。なんとか転ばずに踏みとどまりましたが……蝶々のことは見失ってしまいました。
まあ、いっか。
わたしは今撮った何枚かの写真を見返してみます。
案外、よく撮れているかも。撮影の腕、上がっちゃったかな~。
ひとりで満足してうふふと笑っていましたが、ふと、カメラの画面に何か違和感があることに気づきました。
写真をもう一度確認してみます。
隅の方で、白装束を着て人魂を浮かばせた足のない人が、満面の笑顔でピースしていました。
「…………」
わたしはおもむろにモノアイちゃんを構え、誰もいない方向へ向かってシャッターを切ります。
そして写真のド真ん中に写るのは、にこにこ笑いながら立て看板を掲げる、白装束の女幽霊。
看板には、マジックで『FREEハグ♡』と書かれていました。
これが、ひょうきんな幽霊・シラヌイさんとの、出会いなのでした。
◇◇◇
パシャリ。
撮った写真には幽霊さんが「ハグありがとう……!」と書かれたミニホワイトボードをこちらに見せる様子が写っています。
パシャリ。
再び撮った写真では幽霊さんが「私は
パシャリ。
幽霊・シラヌイさん「もしきみが霊的な何かに精通しているなら、霊力を分けてはくれまいか……?」。
パシャリ。
シラヌイさん「私は霊力が少ないので、よほど霊感のある人でないと見つけてもらえず、困っているんだ……!」。
わたしはそれらのメッセージを受け取り、考え込みました。
フリーハグをやっているということで、さっきハグをしてもらったのですが、なんだかひんやりとして背筋がぞわっとするハグでした。唐突にくしゃみが出る時って、ひょっとしたら見えない幽霊に触られているからなのかも。とまあ、そんな想像しかできないわたしなので、霊的な何かに精通しているわけではないのです。当然、霊力を分けてあげることなどできません。
うーん……。
どうしよう……。
ないものを出してと言われても……。
……ん?
ないものを……出す?
「それだ!」
わたしは小さく叫んで、リュックサックの中をまさぐります。探し当てたるは、きれいなラッピングの袋。中からわたしは、なにかを取り出すフリをしました。
そしてその透明ななにかを、手のひらに乗せて差し出します。
「し、シラヌイさん、あの、こ、こ、これを、」
わたしはどもってしまいます。
頑張れ。頑張れわたし。
コミュ障なんて吹き飛ばせ!
「これ、を、食べるフリ、口に入れて、食べ、食べるフリを、していただけれ、ば、と」
説明不足にも程がある不審な行為でした。
それでも一所懸命に、目をぎゅうっと瞑って差し出すポーズを保つしかありません。
震えるわたしは、しばらくして、恐る恐る瞼を上げました。
「す、すごい……!」
目の前には、心霊写真で見たシラヌイさんの姿があり……、
実体化できた事実に、目をぱちくりさせて驚いていました。
「すごい! 霊力が満ちてくるようだ……! きみ、いったい、何をしたんだい……?」
「あ、穴、です、あ、ドーナツの、穴、なんですけ、ど」
「ドーナツの穴……? ああ~~……はいはいはい……! ドリームんとこのAfterglowのあれでしょ……? なるほどなあ~……!」
わかってくれたみたいです。ドーナツの穴とは、ドーナツの穴専門店〝Afterglow〟で購入した不思議な食べ物。これを食べると、「ないはずのものを存在させる」ことができるのです。今回は、エンゼルフレンチの穴を食べてもらって、ないはずの力をみなぎらせてもらいました。
「いや~……本当にありがとうね……! これでフリーハグが捗るよ~……!」
「あ、い、いえ」
「あっはは……! そんなに怖がらなくてもいいよ……? 幽霊だからといって……呪ったりするわけじゃないからさ~……!」
「う、あ、そ、ちが」
「あ、それとも対人恐怖症というやつなのかな……? だとしたらごめんね……!」
「い、いえ、あ」
もじもじとしてしまうわたし。帽子を手で押さえて、ぎゅっと目深にかぶります。これはつばで目元を隠して他人と視線が合わないようにするためいつもかぶっている、アウトドア向けなデザインの帽子です。
そ、そろそろこの場を離れたい……。帰りたい……。
そんなことを思っていると、シラヌイさんが「うふふ……!」と笑みをこぼしました。
「なんか、きみ、可愛いねえ……!」
「ふぇっ!? あ、う、あう」
変な声を出してしまったので、わたしは還ることにしました。土とかに。
「あっ、ちょっと……! どうして逃げるの……! 待ってえっ……!」
◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
久しぶりに全力疾走しました。息が切れて、へとへとです。でも建物の陰に隠れられたし、なんとかまけたみたいです。
でも、失礼なことしちゃったなあ……。謝る機会があればいいけど……でも今すぐには無理だ……。
水筒を取り出して、喉を潤すわたし。どこからか男の人の野太い掛け声が聞こえてきます。そういえば、ここからはサッカーグラウンドが近いのでした。
体育会系の人はすごいなあ。
わたしも、あんなに大きな声を出す勇気があったら……。
いえいえ、とわたしは頭を振ります。わたしは、わたしらしくあればいいのです。人には向き不向きがあるのですから。生まれ持った性質を無理に変える必要なんて、ないのです。そう言い聞かせてから顔を上げると、目の前にシラヌイさんの笑顔がありました。
「ひゃあっ!?」
「も~……! 逃げないでよ~……! お礼がまだだったんだから~……!」
建物の壁をすり抜けて現れたシラヌイさんは、腕を組んで首を傾げます。「でも、私にできることなんてあるかなあ……?」
だ、大丈夫です、お礼とか、全然大丈夫なので!
咄嗟にそう言えるほどのトーク力があれば苦労はしません。伊達にぼっちを十九年間やっているわけじゃあないのです。
ほ、放っておいてほしい……。気持ちはとっても嬉しいのですが……!
わたしがみっともなく怯えている、その時でした。
「…………え……」
何やら別の男性の声がしました。わたしとシラヌイさんが、そちらを見ます。
シラヌイさんと同じような白装束をして、人魂を浮かばせた、足のない幽霊さんがそこにはいました。
幽霊の男性が呟きます。
「姉さん……?」
「そういうあんたは……
霊太郎と呼ばれた男の幽霊さんに、シラヌイさんはよろよろと近づき、そして抱き着きました。
「霊太郎~……!」
「うわっ……姉さん……近い近い……!」
「会いたかったよ霊太郎……! サッカー部にいるんだって……? あんた、足ないのに……! あはははは……!」
なにやら感動の再会をしているみたいです。こ、この隙に、逃げ……
「私、そこにいる女の子のおかげで、実体化できたんだよ……! そうだ……! その……ええと……名前、なんだっけ……?」
「あ、こ、小森、です」わたしは諦めて名乗ります。
「小森ちゃん……! もしよかったら、私と霊太郎のこと、そのカメラで撮ってくれない……?」
「姉さん……。その子……困っているんじゃ亡いか……?」
「え……! そうなの……小森ちゃん……?」
「あ、え、えと、えと」
気を遣ってこない人も苦手だけど、気を遣われてしまうのもなんだか申し訳なくて苦手なわたしです。結局は他人が苦手です。
でも、今日のわたしは、頑張って勇気を出しました。
「で、で、では、ふ、ふた、並んで、ふたり、並んで、くださ」
「おっ……! 撮ってくれるってよ、霊太郎……!」
「姉が、すみません……。少しだけ……付き合ってください……」
「と、と、と、撮ります、は、はい、チー、ズ!」
古典的な合図をしながら、わたしは考えていました。
こんなに人と話したのは、いつぶりかな。
まあ、幽霊だけど。
パシャリ!
◇◇◇
撮った写真は後日印刷して渡すことになりました。大学からの帰り道を歩く途中、ふと立ち止まって、モノアイちゃんを手に持ちます。写真のデータを確認して、思わずふふっと笑ってしまいました。
幽霊の姉弟の写真は、おそらくはシラヌイさんの霊力により、心霊写真の要領(?)でプリクラみたいに「カンドーの再会♡」と書かれていました。
わたしは対人恐怖症。
でも、意外と、そこまで怖がらなくてもいいのかも。
意外にも
いきいきとした
幽霊さん
ああいう感じに
わたしもいきたい
「よしっ!」
したためて、小筆と短冊をしまうと、わたしは夕暮れの小金ゐ市を歩いてゆくのでした。
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