建造されしトランプタワー

 ぽんぽこ大学、サークル棟、ゲーム愛好会の部室。

 丸机のあるそこでは、髪がツンツンしていて目が鷹のように鋭いぽん大生、釘桐くぎぎり景介けいすけが深刻な顔をしていた。


 彼は震える両手でトランプカードを二枚持ち……

 三角形のタワーの上に、頂点となるように乗せた。


「ぃよし……!」


 五段のトランプタワー、完成である。


 景介は椅子に深く座り込んだ。その息は荒い。集中するために呼吸を止めていたのだ。しばらく呆けたようになってタワーを眺めると、達成感に口角を上げながら、スマホを取り出し撮影しようとする。


 その瞬間、丸机が揺れた。

 ぐらつくトランプタワー、目を見開く景介、崩れていくトランプタワー、叫ぶ景介、そして――――


 写真を撮る間もなく、タワーは跡形もなく倒壊していた。


 景介は、机を揺らした犯人を睨む。

 そこにはソファから飛び起きて机に駆け寄ってきた金髪色白ギャル・喜吉良木ききらきミカの姿があった。


「※てめえ……」

「ねえねえねえねえケイくんケイくん!! たいへんなの!! あのねあのね」

「※大変なのはこっちだろうが! こちとら前俺未踏の五段に成功したんだぞ! せめてその証拠を残させろっての!」

「あっ、そうなの? ごめんケイくん……でも五段くらいならミカがすぐにつくってあげるよ!」

「※そういう問題じゃねえ! この何でもできる天才タイプが!」

「きゃはっ☆ えへへー、それほどでも☆」


 きゃるん☆とあざとく笑顔になる能天気なミカ。さっきまでソファに寝転がりすやすや寝息を立てていたはずの彼女は、金髪サイドテールでJK制服姿といういつもの格好で、調子も普段通りのようであった。


 景介は毒気を抜かれ、溜息をつく。


「※……で? 何が大変なんだよ」

「あ! そうなの大変なの! ミカ、死んじゃうかもしれない!」

「※はあ?」

「さっき、ソファでうとうとしてたらー、悪の魔王が目の前に現れたの!!」

「※……ほう」


「それでねそれでね?」

 ミカが不安そうな表情でジェスチャーを交え話し出す。

「『ミカちゃんに死の呪いをかけた。八段のトランプタワーを一発で成功させなければ、ミカちゃんは死に、ついでに全人類も爆発して死ぬであろう』……って言われたの!! やばくない!?!?」


 だるそうな顔をする景介。どう考えてもそれはミカが見た夢の内容だった。ミカは今、ぽやぽやした表情をしているし、寝ぼけているのだろう。そのことを指摘しようと、景介は口を開きかけるが、いったん閉じる。机の上に散乱したトランプに目を落とし、少し考えた。

 それからもう一度口を開く。


「※それはやばいな。なんとかしてトランプタワーを建てねぇと」

「でしょでしょ!? 全人類の命がミカにかかってるのやばい!!」

「※大丈夫だ」


 景介はトランプをひとまとめにして、トントンと揃えながら不敵に笑った。


「※俺と一緒に人類を救うぞ、ミカ」


 要するに、景介も暇なのであった。




     ◇◇◇




 三段目まではスムーズに進んだ。景介は凡人だが、ミカは大抵のことはできる天才タイプ。主にミカが素早く精確に組んでいき、四段目もクリア。ふたりは五段目に着手していた。


「※はぁ、はぁ、はぁ……」

 息を切らす景介。

「※ま、まだあと半分あるのかよ……」


「つかれた? 休んでていーよ?」

「ああ……足引っ張るだけかもしんねーし、ここらへんで休んどくわ……」


 机から離れる景介。しかしソファに向かうべく振り返った瞬間、壁にどんとぶつかった。


「!? こんなとこに、壁、が……?」


 いや、それは壁ではなく。

 謎の巨漢の胸板であった。


 藍色の肌。

 隆々とした筋肉。

 人間離れした悪魔のような相貌。

 角の生えた巨漢は、漆黒の炎のようなオーラを纏いながら、鋭利な牙の剥き出しになった大口を開いて宣った。


「どうも。悪の魔王です」

「※ちょっと待ってくれ」

「ええええーっ!! 悪の魔王!? ミカ、もう殺されちゃうの!?」

「※おまえも魔王の実在に即適応すんな」


「いえいえ。まだ大丈夫ですよ」

 悪の魔王はニコリと笑う。

「トランプタワーの完成を見守りに来ただけです。無事に成功すれば、あなたと全人類の命も守られますから、安心してくださいね」


 景介は状況を理解しきれず頭を抱えた。実在するのかよ悪の魔王。しかしこの前、エクゾディアの妖精に出会ったばかりだ。魔王がいてもおかしくはないのかもしれない。そう思いながら景介はふと魔王を見る。ミカの近くでトランプタワーの高さに感心している魔王は、こちらに背を向けていた。

 後頭部にチャックが見えた。


「※着ぐるみじゃねぇか!」

「ああ、これですか? はっはっは。これは違いますよ。魔族の身体的特徴であり、特に高位の魔族に備わっていることが多いとされるものなのですが、下げるとガワが脱げます」

「※着ぐるみじゃねぇかッッ!!」

「ちょっとケイくん! うるさい! 今しゅーちゅーしてんだけど!」


 ミカの言葉に、景介は「※お、おう……」と渋々引き下がった。


 机の上のトランプタワーは、既に五段目が完成し、六段目を作っているところであった。ミカは景介の最高記録である五段を、あっけなく、ほぼひとりで作り上げてしまったのだ。チャラチャラしているように見えて、ミカの集中力と手先の器用さは折り紙付きである。


「さすがですね、喜吉良木さんは。どうなんですか釘桐さん」

「※……あ? 何が」

「あんな手先の器用な女性がお嫁さんになったら、毎日素敵な料理を作ってもらえる素敵な日々を送れるとは思いませんか?」


 景介は、より一層胡散臭そうな目で魔王を見る。


「※……何言ってんの?」

「いやいや失礼。先走り過ぎました。おや、もう六段完成ですか」


 見れば、トランプタワーは既に七段目の着手を待つばかりとなっていた。目標は八段。必要な残りのトランプの枚数は、七枚である。


 あと少しだ。

 しかしそれゆえに、ここからが正念場だということを景介は理解していた。


 七段から上は、僅かなタワーの歪みが大きな影響を及ぼしてくるいわば別次元の闘い。もう少しで完成だが失敗すれば今までの努力は水泡に帰す、というプレッシャーもある。集中し続けていたがゆえの疲労も無視できないマイナス要素だ。


 そう思い、さすがに表情を険しくしているだろうと景介はミカを見た。


「……よしっ。だいじょうぶ。これなら八段、いける……!」


 ミカはむしろ、瞳を爛々と輝かせ、活き活きとしていた。


「※……ミカ」

「あっ、そーだ! ケイくん、見ててね! ミカ、ケイくんのために八段成功させるからっ☆」


 そうだったな、と景介は思う。

 喜吉良木ミカという少女は、いつだって、どこだって、何だって楽しくやれる……そういう奴だった。


 ミカの細指がタワーの七段目を建てていく。

 タワーが僅かに揺れるが、許容範囲だ。油断はせず慎重に。最低限のスピードも忘れない。体力と精神力を最後まで保つためには、建てる速さもまた重要なのだ。


 景介の表情にも緊張が走っていた。心臓がドキドキとする。トランプタワーは、それを見る者の神経をも磨り減らす。


 七段目がなんとか完成し、景介は一息ついた。これで残すは八段目。頂点のみだ。呼吸を忘れていた景介は、息でタワーを揺らすことのないように気を付けながら深呼吸をする。繊細な作業の現場ではそういった配慮が必要だ。


「ぶぇっくしょあ!!!!!!!!」


 魔王は配慮しなかった。


「※おい!?」

「きゃひぇっ!?」


 魔王がくしゃみする時に思わず手をついてしまった机が、揺れる。「あっスミマセ」と魔王が慌てるも、タワーは大きくバランスを崩す。致命的だった。トランプがずれて、タワーは、崩れていく――――


 その瞬間に、景介は叫んでいた。


「※俺のターン! ドロー!!」


 景介が取り出したのは、遊戯王カードだった。〝封印されしエクゾディア〟シリーズのカードである。景介とミカは、先日、カードゲーム中に手札の初手にエクゾディアシリーズが全て揃うという、確率にして4329億7452万8064分の1の奇跡を勝ち取った。その際に現れた〝エクゾディアの妖精〟は、エクゾディアに関する願いであれば何でも叶える存在だ。


「※妖精! 俺の願いを叶えろ! ッ!」

「突然呼び出していきなり命令とは、人づかいの荒いデュエリストだな」


 エクゾディアの妖精がその場にカードを具現化し、タワーに向かってそれらを飛ばす。崩れかけたタワーは、エクゾディアシリーズのカードによって補強され、ぐらつきながらも形を保った。


「※ミカ! 今だ!」

「うんっ!」


 こうして八段のトランプタワーは完成した。ミカは全人類を救い(?)、景介はくしゃみをしやがった魔王を殴り、魔王はハッハッハと笑いながら部室の出口から普通に去っていったのだった。


 ミカに「ありがとケイくん! だいすきー!☆」と言われながら抱き着かれた景介は、しかめっ面をして押し返しながらも、去っていく魔王のことを考える。あいつは何者なのか。謎ではあるがしかし、自分たちに害をなす存在のようには思えなかったから、放っておけばいいかとも思えた。


 仲睦まじくじゃれあう景介とミカ。

 彼らの様子を見て、エクゾディアの妖精は微笑ましそうに笑って言った。


「まったく、きみたちは本当に仲の良いカップルだな」


 何気ないエクゾ妖精の言葉。

 景介とミカは顔を見合わせる。


 景介は相手とよっぽど仲良くないと友達認定せず、恋人関係は更に基準が厳しいタイプであり。

 ミカは友達こそ桁外れに多いが、心のどこかで夢見がちなので恋人関係となるとハードルがグンと上がるタイプである。


 景介は溜息をつきながら、ミカは照れ気味に笑いながら、声を揃えた。


「「※だから、付き合ってないってば!☆」」

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