地下トーナメント激闘篇
ぽんぽこ大学には学生食堂が無数に存在する。
近年の大学生は価値観が多様化している。それにより生まれた様々なニーズに応えるため……というのは建前で、実際にはなんかノリでウェ~イ増やそうぜ~って言ってたら無数に増えてしまったというのが真実なのだが、とにもかくにも、ぽん大にはいくつもの学食が設置されている。
公式に認められている学食としては、まず〝第一学食〟がある。
特にひねりのない名前だが、学食の中でも最も広々としていて、最も多くの学生が利用するため、人気度ではナンバーワンだといえる。メニューもぽん大にしては普通のものが多く、そして美味しいと評判だ。
そこへ。
今日もガラスの大扉を開けて入室する男子学生がいた。
ダボっとしたジーパンと、ゆったりとした灰色のシャツ。髪は茶髪で逆立っており、いかにも不真面目な学生という風体だった。
彼の名は、
今年入学したばかりの、一年生である。
(さァて)
凱は、ごきりと首の骨を鳴らしながらカウンターへと近づいていく。
(本日の、一日一悪だ。今回は意地悪な注文をして、学食のおばちゃんを困らせてやるぜェ……!)
一日一悪。
凱の掲げるポリシーである。
凱は、そういった露悪こそが格好いいと思っているのだった。
「おばちゃーん」
「はいはーい。ご注文どうぞー」
ニヤリと笑う凱。金色の前歯が鈍く光る。
早口で、一息に言い放った。
「しょうゆラーメンの麺少なめメンマ30本海苔10枚味玉5個 ~マスカルポーネチーズを添えて~ をください」
完璧だ。
凱は自分でそう思った。目の前で戸惑う学食のおばちゃん。『えっ? うちはそういうのはないんだけど……』と言ってくるが、凱は譲らない。『困るんだよなァ、おれァ今すぐこれを食いてェんだから』口ごもるおばちゃんを威圧するように凱はカウンターに肘を乗せる。『マスカルポーネがないってンならそれでもいい。ただし金は払わねェぜ』『そ、そんな……』涙ながらに崩れ落ちるおばちゃん。あ、可哀想になってきた。なんでおれァこんなことしてるんだろう。謝った方がいいかなこれ。それに無銭飲食までやると一日二悪になっちゃうし。だめじゃん。謝ろう。
凱は土下座の体勢に入ろうとして、そこで、はっとした。
おばちゃんは涙ながらに崩れ落ちてはいなかったし、戸惑ってもいなかった。よく考えたらそれは凱の脳内イメージだった。
現実のおばちゃんは至って冷静に、表情を引き締めている。
「……その合言葉を、知っていたのですね。かしこまりました。ではお客様、どうぞこちらへ」
「え?」
カウンターの奥へ進むよう誘導され、凱は何がなんだかわからないままおばちゃんの後を追う。一番奥の突き当りまで来ると、おばちゃんは、何の変哲もないその壁を、押した。
ガコンと音がして壁の一部が沈み込み、そのまま自動で重々しくスライドする。
そこに現れたのは、『VIPルーム』と書かれた高級感のある扉だった。
「この先です。ごゆっくりどうぞ」
「え?」
◇◇◇
「ようこそ、VIPルームへ。ちょうどファイターの枠が余ってるんだ。出場登録しておくね」
「え?」
◇◇◇
「バトルフィールドはこっちだよ。いやあ良かった、きみがファイターとして返り咲いてくれるだなんて。観客もきっと盛り上がるよ」
「え?」
◇◇◇
「ルールは覚えているかな? 審判のひとりがくじを引いて、そこに書かれている方法で死合うんだ。目潰しアリ、金的アリ、
「あの、それたぶんおれじゃなくて兄ちゃ」
『レディイイイイイイイイイイイイイイス・アーンド・ジェントルメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエン・アーンド・全ての生命体たちィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!! 今回も早速ぽん大アンダーグラウンドにお集まりいただきありがとォーーーーーーーそして死ねェェェエエエエエ!!!!!!!』
『WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』
「さ、行ってきな。優勝賞金二億六千万円をかけた、ぽん大の地下の血みどろバトルへ……!」
◇◇◇
凱は背中を押されて、いつの間にかボクシングのリングのような場所に立たされていた。
混乱していた。
なぜこんな状況になっているのか。
なぜ大学にこんな地下闘技場のような施設があるのか。
そして。
なぜ自分の前には身長三メートルの筋骨隆々な巨人がいて目を血走らせ、鼻からフシュウウと蒸気のような息を吐き、戦闘準備万端になっているのか。
『ファーストバトル、青コーナーは〈ジャイアン・ジャイアント〉のツヨシ・ブラッドフィールド! 対するは赤コーナー、〈血飛沫悪鬼〉の意地ヶ谷轟だぁ! んじゃサクサクいこう、試合形式は――――』
審判のひとりがくじを掲げ、実況が絶叫する。
『――――『首折り合戦』!!! 初っ端から『首折り合戦』の試合形式が選ばれたァーーーーーーーー!!!!!!!!』
『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!』
「あの。すみません。おれ、人違いでここに来」
カァン!
『さあゴングが鳴り響くぅ!! 〈ジャイアン・ジャイアント〉が圧倒的に有利なこのカード、かつてのチャンピオン・〈血飛沫悪鬼〉はどのようにして対抗するのかァ!?』
正方形のリングの上で、巨人と凱が向き合う。凱は正直今すぐ土下座して逃げ出したかったがそれが許される空気ではない。何よりも、ここで逃げれば、兄である轟の名に傷がつく。というか、と凱は思う。というか兄ちゃん、ぽん大でこんなことやってたのかよ。勉強しろよ勉強。
しかし今はそんなことを考えている場合ではない。
『おおっと〈ジャイアン・ジャイアント〉がロープに乗ったーっ!! これは、これはまさか!?』
リングのワイヤーロープの上に乗り、巨人が雄叫びをとどろかす。筋肉は隆起し、肌は体温で赤く熱されている。何かが来る。何か、ものすごい技が、確実に、来る。凱は今度こそ土下座するべきだと考えた。空気を読んでいたら死ぬ。しかし足がすくんで、動けない。
「オグァアアアアアアア!!!!!!!!!」
巨人は叫ぶ。
ロープを軋ませ、しならせ、大ジャンプをしようとしている。
まずい。
まずいぞ。
なんでこんなことに。
凱の悲嘆に構わず巨人が咆哮した。
「ウオラアアアアアアアアアアアア行クゾオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!! ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオあ痛っ」
ロープから足を踏み外して巨人は足首を折った。
審判が巨人の状態を確認し、それから凱の腕を掴んで、
掲げた。
『首折り合戦、〈ジャイアン・ジャイアント〉の足首を折って〈血飛沫悪鬼〉の勝利ィイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!』
◇◇◇
ぽんぽこ大学アンダーグラウンド、ファイター控え室。
ディスプレイに映る凱の姿を、殺伐とした目で、あるいは涼しげな目で、あるいは何を考えているのかわからない目で、それぞれのファイターが見つめていた。
「意地ヶ谷轟……〈血飛沫悪鬼〉。戻ってきやがったか……」
ギリ……と歯軋りをしながら呟くのは、〈気炎の義賊〉の異名を持つファイター・
「おやおや義賊サン。未だに以前〈血飛沫悪鬼〉に準決勝で負けたことを気に病んでいるのですかア?」
嘲るような声に烈火が振り向くと、そこには〈ワタリガラス〉の
「まア、雑魚なりにあの準決勝は頑張ったと思いますよオ、雑・魚・な・り・に」
「てめェ……!」
「おおっとオ、控室での喧嘩はご法度ですよオ? 手を離してくれませんかねエ……この服、アルマーニなんですがア」
「ッ……」
胸倉を掴んで睨む烈火に、ヘラヘラとする呪天。
周囲のファイターたちは固唾をのんで見守っていたが、あるファイターが「いいぞ! やっちまえ義賊!」と叫ぶと、次第にギャラリーもヒートアップし始める。
「ぶっとばせえ!」
酒飲みの女ファイター〈竹藪の酔拳士〉が瓶を片手に叫ぶ。
「昔から気に入らなかったんだ、〈ワタリガラス〉のことはよぉ!」
隻腕の男ファイター〈激昂龍〉が拳を突き上げる。
「血を、血を見せろおお!」
斧を担いだ凶悪ファイター〈死裂ノ血ミドロ〉が息を荒げる。
「因縁の相手同士どちらが勝つか! さあ張った張った!」
ノリのよいファイター〈浮雲風船〉がギャンブルの元締めを始める。
控室に揺らめく熱が最高潮に近づいていき、やがて、烈火の瞳に炎が灯る。それは〝異能〟発現のサイン。呪天の顔に、醜悪な笑みが広がる。一触即発――――
そんなふたりを、影が覆った。
大柄な、それこそ〈ジャイアン・ジャイアント〉ツヨシを超えるほどに巨大な男が現れ、その図体で照明を隠したのだ。
「やめろ」
「おまえは……〈富嶽の重戦車〉」
「挑発に、乗る、〈気炎の義賊〉も、よくないが。〈ワタリガラス〉の、方こそ、言い過ぎ、だ。謝罪を、しろ」
「…………」
実力者の忠告に、静けさを取り戻す控室。呪天は貼りついていた笑みを消すと、冷めた表情で烈火から離れていく。「どこへ、行く」と大柄男が訊いても、答えを返さず控室の外へ消えてしまった。
「……悪ぃ、〈富嶽の重戦車〉」
「その、異名は、好きでは、ない」
「そうか。じゃあ
「うん」
そして、烈火と崩太朗は拳をコツンと突き合わせ、ふたりして宣言した。
「決勝で会おう! 阿波踊り大会の!」
◇◇◇
『別会場の阿波踊り大会に出場するファイターたちにいざこざがあったようですがそんなもんは俺たちには関係ねえええええええええ!!!!!!!! ぽん大アングラトーナメント、殺るか殺られるかのガチバトル!!!! こっちのが滾るよなああああああああああ!!!!!?????!!!!!??』
『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!』
『全ての一回戦が終了!! さっさと二回戦いくぜえええええ!!!!! 一回戦、あの〈ジャイアン・ジャイアント〉を〝待ち〟の一手で下した第六回大会覇者!! 〈血飛沫悪鬼〉意地ヶ谷轟の入場だああああああ!!!!!!!』
リングに上がらされる凱。先程から何が起こっているのかイマイチ把握しきれておらず、どうしておれはここにいるんだっけと自問し続けている。
『対するは、初出場の野生児系イケメン!! 一回戦では瞬く間に〈ワルプルギス〉を撃破した新星!! とある界隈では有名らしいが異名はまだ無いぽん大現役生、
凱の反対側のリングに上がってきたのは、目つきの鋭い、獰猛そうな長身痩躯の男だった。一回戦の相手よりは迫力はないが……
凱が緊張による震えを抑えながら修一という男を見ていると、その修一は、おもむろにリングの隅の金属の柱に手を置いた。ロープを束ねて立っているそれに置いた指に、力を込める。
次の瞬間、誰もが目を疑った。
『な……なんだあれはあああ!!!?????』
金属製の柱が、修一の指によってまるで飴細工のように、あるいは裂けるチーズのようにギャリギャリと千切れていく。
甲高い嫌な音が終わると、まるでカンナによって削られたような形の金属が修一の指に挟まれていた。
『なんということかああ!!!! 鋼鉄の柱を何の苦もなく指先だけで削り取ってしまったぞおおおお!!?? 物凄いパフォーマンス!!!!!! ってかどんだけ指の力強いんだあああああああ!!!!???』
不敵に笑う、修一。
恐怖におののく、凱。
鼻息荒く叫ぶ、実況者。
圧倒されている、観客。
首を横に振る、審判。
「故意によるリングの破壊は反則です」
『審判のジャッジが下ったああああああああ!!!! 権野修一、反則負け!!!! 〈血飛沫悪鬼〉準決勝進出だああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
審判に腕を掲げられ、凱は頬を引きつらせた。
「なんだこれ」
【地下トーナメント死闘篇に続く】
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