三つのクロリア

 シャーレというその男は、王都にほど近い町で肉屋をやっている。一頭買いで捌きを自分で行うので経費を節約でき、安く肉を売れるので買う側としては有り難い店である。

 シャーレは肉を捌くことだけでなく、武術にも精通していた。北方から伝わったという足技を使う武術をミチは一回見せてもらったことがあったが、組手を重視するカタル族の格闘にはない種類の技が多くあったことを覚えている。

「お前が、なぜここに?」

「いやさ、マチのやつから伝言を頼まれたんだ。訳あって俺は計画に参加できなくなった、クロリアという囚人を脱獄させたのでそいつに託す、と。そいで、お前たちのやろうとしている計画とはなんざね。名指しで出てきたクロリアさんも知らないって言ってるんじゃ助けようがない」

「なに、マチがそんなことを……」

 ミチは顔を真っ青にしてガクガクと震え出した。シャーレがとっさに肩を押さえ、何事かと問いただす。

「おい、ミチ、どうしたんだ」

「クロリア様はどこにいる」

「……え? 俺の肉屋で留守居をさせているが」

「今すぐ、お前は戻れ」

「どうしたんだよ」

 クロリアはシャーレの双眼を真っすぐに見据えた。

「マチのやつ、死ぬ気かもしれない……」


 サンクロリア王都では慌ただしく軍隊が隊列を組んで町中を闊歩していた。彼らは顔の爛れ身体のあちこちの肌が剥けた男を後ろ手に縛り隊列の中央の馬に乗せ、肉屋メレのある郊外への道を進んでいた。

 その男は囚人の脱獄を助けた罪で弁護人を与えられない裁判にてたった今死刑を宣告されたところだという。群衆は直感した。この男が逃がした囚人は、国を裏切った売国奴か敵国のスパイに違いない、と。

 それはあながち間違いではなかった。しかし正しくもなかった。

 彼らの行く先の肉屋では、王都から急いで帰って来た従業員の青年たちの話を聞いたクロリアが行動を起こしていた。急用ができたと言って肉屋から逃げ出し、隣町まで走った。

「まさかとは思うが、囚人ってのはお前さんじゃなかろうな……」

 逃げた先で料理用の、対人殺傷に使おうものなら一度で刃こぼれするような刃物を向けられたところで、軍人であるクロリアが恐怖を感じることはなかった。しかし、ここは恐怖を“感じなければいけなかった”、さもなくば怪しまれてしまう。

 しかしクロリアはあえて動じなかった。そして後頭部をかいてみせた。恥ずかしいことをしたときの癖であるかのように……。

「まあある意味囚人ではあるわな」

「お前、やはり……囚人はこちらに逃げたと軍人さんが言ったんだ」

 逸る青年を、クロリアは青くなってまあ待てと制す。

「違うんだ、俺は軍隊に追われる方の囚人じゃねえ。俺は、その……妻に追われている」

「……は?」

 虚を突かれたかのように青年や周りを取り囲んでいた男たちがひるんだ。

「実は昨日が妻との結婚記念日で……そういややけにそわそわしているなとは思っていたんだが、その記念の日になにもしなかったからって、二発ぶん殴られた挙句、納屋に閉じ込められて外から鍵をかけられてさ……」

 そう言ってクロリアは、服の裾をまくって腕を見せた。そこには痣があったが、それは勿論妻に殴られた痕などではなく、軍隊の過酷な訓練でついた傷であったが、青年たちは信用したようだ。

「お前“も”、大変だな……」

 敵だと思っていた者に、恐妻家のエピソードなどを語られては、妙に親近感が湧いてしまったらしく、“味方だった人を敵扱いしてしまった”後ろめたさも相まってクロリアは青年たちに一気に溶け込んだ。

「“も”ってことはあなたも?」

「聞かないでくださいよ、ね」

「ああ……」

 目配せしあうさまはいたずらを仕掛けた幼子のそれで、秘密基地を共有した仲間たちといったような奇妙な連帯感を醸し出す。

「ということで、匿ってください」

「そういうことなら、わかったよ!」

「任せときな!」

 クロリアは居間の奥に案内され、粗茶ですがと慣れない手つきでお茶を振る舞われた。菓子も出されようとしたが流石にそれは断った。

 ――そこまでよくされたら、この人たちを騙しているという事実に自分が負けてしまう。

 そして静かに懐にあった手帳の一頁を破り、こう書き記した。

『妻が当局に連絡してないとも限らないので私は逃げます。お茶美味しかったです。またどこかで会いましょう』

 戸が閉められ、部屋に誰も居なくなった隙をついて、クロリアは二つ隣の厠の窓から脱出した。

 そのすぐ後のこと。

「憲兵である。戸を開けて知り得るすべてを話せ。王国憲章十一条に照らし合わせ、功労者には褒美を、裏切り者には死を与える」

 恐る恐る、先ほどの青年が玄関扉を開けた。

「私がこの家の主ですが……」

「ここに灰色の囚人服を下に着こんだ人間が来なかったか」

 クロリアのことを囚人とはもう思っていない青年は否と答えた。

「そうか。王国憲章十一条は知っておろうな」

「もちろんです」

「……わかった。情報の提供を感謝するぞ」

 憲兵と名乗ったその軍人は、朝方にも関わらず不用心に開け放たれた厠の窓を細く開いた目で見つめた。

 軍人は足元の砂をすくい、さらさらとこぼしてみせる。

「風向きはそうか。ならば……」

 軍人は何かを悟ったのか、馬に乗ってそのまま隊を率いて駆けだした。

「確かにあの人の下着は灰色だったが、大丈夫だよな」

 馬で駆ける憲兵の後ろ姿に、一抹の不安を感じ自身の家に戻り居間の引き戸を開ける。すると、匿ったはずの男はいなかった。

「大丈夫、だよなぁ」

 青年は妻子を持つ身である。育ち盛りの娘もいる。今感じた違和感が杞憂であることを願わずにはいられなかった。

 クロリアは風上にいた。追跡をかわすため風下に逃げただろうと踏んだ憲兵は、その推測を外していた。

「よかった。賭けであったが、よかった――ッ」

 背に人の気配を感じ、クロリアは息を殺す。用意周到に、こちらの方角にも兵を潜ませていたのかと自分の浅慮を嘆く。しかし、肩を強張らせたクロリアに、聞こえた声は女性のものだった。

「そなた、ここで何をしている」

 庶民の話し方ではないことは感じられた。ただ、明らかに軍人のそれでもないことは確かだった。

「あなたは?」

「私の土地に来ておいて名乗らないのは無礼であろう。せめて我に顔をみせよ」

 これでわかった。この女性はサンクロリアの神官制度における女人神官であった。


 サンクロリアの王政を牛耳る世襲制の身分に神官というものがある。有職故実を取り仕切る省で働くほか、各地に土地を持ち税収で生計を立てている。各家で収入があるので有力な家の者は王家に強気にでることもできるほどの、王国における一大勢力である。

 一方サンクロリアは王家への忠誠の証として各家から男子を徴集する不文律がある。それは勿論神官の家系にも適用されるが、男児が一人しかいない家系は断絶してしまうため、神官勢力の圧力でもう一つの不文律に例外が定められ、神官の家系のみ、家を女性でも継げることになっていた。

元はといえば王を超える勢力が出ないようにする不文律だったのにも関わらず、神官勢力の他との差別化に利用されている現状があるのだ。


「申し訳ありません、私の名を……サクリといいます」

 クロリアは母国の最高指導者から与えられた偽の名を名乗る。それを見て女人神官が微かに笑った。

「安心せよ。我は王に必ずしも忠誠を誓っておらぬ」

「……?」

 それほど有力な家の娘なのだろうか。

「我は、王の第七王女である。どうだ、驚いたか」

 クロリアは今度こそ腰を抜かしそうになった。


 もてなすからと言う王女の言いぐさに負け、彼女の後をついていく。彼女は聞いてもいないのにペラペラと自分語りを始めたので、クロリアの方は自分の置かれた状況を冷静に分析することができた。

「我は王女だ。しかし七番目ともなれば誰も我に見向きもせぬ。産んでおいて我らを駒としか思わぬのだ。それで、我は壮大な嫌がらせを思いついた。王家が我を隣の蛮族へ嫁がせようとしたので我はとうとう堪忍袋の緒が切れたのじゃ。我は子のおらぬこの家に養子に下り、そのまま家を継いだ。どうじゃ、王女ともなれば格があろう。この家の者は我を大事にしてくれる」

 この王女には悪気はないのだろう。恐らくカタル族を指したのであろう“蛮族”という言葉にクロリアが眉をひそめたことも知らない風に、後ろを歩くクロリアなど気にしないでズンズン歩く。

「我はこの土地の者を愛しておる」

 悪気無く辺境の民族を貶してしまうほどには世間を知らない娘だったが、己の居場所を与えてくれた土地の者には一種の愛着を抱いているようだった。

「サクリと言ったか。本名なのかは知らんが、どうせ本名を名乗る気もなかろう。王家の者など信用ならぬとその目が言っておるぞ」

 そんなことはないとかぶりを振ろうとしたクロリアを、王女の鋭い視線が貫いた。

「我とて馬鹿ではない。わかってくれるか」

 クロリアは身構えた。それほどに王女の視線は鋭かった。

「どんな理由があるのかは知らんが、当局から逃れておるのだろう。我の民を欺き、彼を危険に晒してまで逃げている訳を聞くくらいの権利は我にもあるとは思うが」

 気づけば周りに家はなかった。一面の農耕地で、隠れる場所はない。いつの間にこんな開けた場所に来てしまったのだろうか。

「……聞いて何になる」

「何にもならんさ。単なる暇つぶしだよ」

 こともなげに言うが、視線は決して外さない。クロリアは根気比べで負けた。肩の力を抜き、自嘲するような笑みを目の前の王女に向ける。

「わかりました。全てお話しましょう――ただし」

 今度はクロリアが鋭い視線を向ける番だった。

「我が一族を愚弄した詫びの一つでも聞く権利は私にもあると思います」


「失礼ですが、御名を伺っても?」

 気まずいままに王女の屋敷についた二人は、王女の淹れた茶を前にして円卓に座る。先に口を開いたのはクロリアだった。

「我が名か。我は俗にディーケ卿と言われている」

 二人とも、本名を名乗ろうとはしない。ディーケとはこの辺りの土地のことをいう。

「ではサクリ、早速聞きたいことがある。――君は、カタル族なのか」

「はい……いや厳密には、違います」

 カタル族の亜流であるカタル=サクナ。サンクロリアのある半島とカタル=サクナが拠点を置くメラン島から遠い国々のものは、両者の違いを知らないかもしれない。しかし、カタル族にカタル=サクナかと尋ねたり、逆をしたりすれば両者にしては激高で尋ねたその人を殺しかねないほどの怨恨が両者の間には横たわっている。それを、サンクロリアの王女が知らないということに、クロリアは一抹の不安を抱いた。

「厳密に、とはどういうことだ」

「はい。我らカタル=サクナは確かに大陸に住むカタル族の一流派です。しかし、両者は三十年前に独立戦争を経験しています」

「独立戦争……お前たちカタル=サクナから他のカタル族が独立したのか?」

 クロリアは息を呑んだ。隣国であるサンクロリアではそういう認識なのだろうか?

「いえ。――閣下はサクナという言葉の意味をご存知ですか」

「いや、知らぬ」

「裏切り者、という意味です」

 王女は驚いたような顔をした。目を見開くその姿にクロリアも戸惑う。

「カタル=サクナはカタル族から長きにわたって差別を受けて来た民族です。我らはカタル族とミタ=ヴァ―レ人の混血で、商業や芸能で生きてきました。カタル族は我らを侮蔑の意味を込めてサクナと呼び、いつしかそれが民族を示す名になりました。長きにわたる差別への怒りは、“本流”が自治州となっていたメラン島に税と自治権の譲渡を要求したときに弾けたのです」

 なにを淡々と話しているのだろうとクロリアは思った。サクナという呼び名からいつまでたっても抜け出せないばかりか、それを当然のように他国の人間に話している。いい加減こんな呼ばれ方をされたくないのに、それを名乗りに使わなければならないことに今更ながら違和感を覚え、胸のあたりが靄かかったような感触になった。

「そうか。お前たちはその戦争で独立を勝ち取ったのだな」

 王女はそれきり黙り込んだ。反応の薄さにクロリアはこれ以上何かを離すこともできず、王女とともに黙り込むしかなかった。

 王女の淹れた茶が冷めてしまったころに、王女は立ち上がった。そしてゆっくりと語りだした。それはまるで贖罪のような口調だった。

「つらいことを話させてしまったな。まずは詫びよう。すまない」

「いえ」

「私は……ずっと無知であることを望まれて生きてきた」

 クロリアは手元に落としていた視線を王女に向けた。

「それはどういうことでしょう」

「私は王家で久々に生まれた女児であり、かつ私を産んで母は死んでしまった。私がまだ幼いころから子のいなかった前ディーケ卿が私を所望していたらしく、私はいつ女人神官になってもいいように男児顔負けの教育を施された。だが一方で政治のことも歴史のことも父は教えてくれなかった」

「男児顔負けの教えを受けたにも関わらず、ですか」

 王女は顔を落とす。

「私が受けた教育は騎士としての振る舞いと礼儀作法だった。父に連れられて様々な交流を経験し、その全てで無礼を働くことなく済んだ。しかし、父と会談相手の話の内容は、全くと言っていいほど理解できなかった。私は置物だった。無礼を働かないことだけを教え込まれ、父のいい荷物持ちにしかなれなかった。そんな私に誰も高度な話をしてくれず、私はいよいよ神官として土地を持つことになるのも直前まで聞かされなかった――カタル族に売り渡されそうになったというのは嘘だ。王家が敵国への敵対心を募らせるよう、カタル族が戦争をしない代わりに王女を所望したというプロパガンダを宣伝したのだ」

 道理で近隣諸国のことを何も知らない訳だとクロリアは納得する。しかし、それは娘を持つ父にありがちな愛情の一種ではないのかと疑問に思いもした。高度な政治状況に娘を巻き込まないための。

「そなたは娘を持っているか」

 クロリアの考えを見透かしたように王女が尋ねてくる。

「私も娘はおらぬ。だから偉そうなことをそなたに言える立場でもない。しかしこれだけは言える。私は、燃え盛っている森のなかの一棟の温室のなかで、目隠しと耳栓をさせたまま子を育てることが愛情とは思えぬ」

 クロリアはこの世間知らずの王女の言葉が、胸にストンと落ちるのを感じた。王女がクロリアを自邸に招いたのも、自分の知らない情報を知りたいという心からきたものだろう。この王女は、無知ではあるが無能ではない。

「だから、教えてはくれんか」

 王女はクロリアの顔を見据えた。

「私は知識がほしい。戦乱の最中にあるこの国、この地方で、自らの身と土地の者を守れるに足る知識が」

「いいでしょう」

 クロリアは答えた。

「しかし、私には会わねばならない人間がいる」

「誰です」

「私の息子だ」

 クロリアの長子クリスはクロリアに言われクロリアとは反対方向に逃げていた。


 ディーケ地方を統括していた神官が失踪した、という一報は王宮を駆け巡った。皆一様に動揺し、なんとかその神官の行き先を知ろうとした。

王家にしてみれば神官の家柄の不手際はその家に息のかかった青年を養子にいれ神官を継がすことで家を乗っ取れる機会であり、王の立場を危うくする神官勢力に唯一強気に出られる事件である。王家の人間は心の底ではそれを望んですらいるほどだった。しかし、ディーケ卿だけは不手際があってはいけなかった。それは勿論、その神官が王女だからである。

「サナの行方はまだわからんのか」

 王は荒ぶる。取り乱す。自分の娘が殺されたか、はたまた子を孕まされたか。それほど大事ならば近くに置いておけばいいと思うかもしれない。しかし、そうはいかなかった。

 サナと呼ばれた王女は、実質神官の家に人質に行ったに等しかったのである。そして、代々ディーケ地方の土地を管理しているクロリア家には、男児が存在する――。クロリア家は王家に平然と嘘をつき王女を養子に所望した上で、それを王家が咎めることもできない有力な家だった。王家は隠してきた歴史の真実をつい最近クロリア家に知られたことで弱みを握られていた。

「陛下、やはりあの特例は認めるべきではなかったのでは」

「ええい、わかっておるわ」

 特例とは、子のいない神官の家は新たに子が産まれても男児を王家に差し出さなくてよいというものだった。家を女性でも継げるようにするだけでもこの国では大それたことで、さらに僧侶としての男児を王家に差し出さなくてもよいとなれば、神官勢力が王家の権力を超えてしまうことも考えられた。これを許してしまったことでクロリア家が男児を隠すこともできてしまったのである。

「……父上」

 王には小さな王子がいた。

「カシュ、下がっていろと言ったはずだ」

「それほどまでに姉上がお大事ですか」

 王はこめかみに両手の親指を押し当てて前を向き、息子を振り返ろうとしない。

「クロリア家に盗まれた秘宝とはなんなのです。取り返すなり処罰するなりすればよいではありませんか」

 王家に伝わる秘宝が盗まれた……。東方の帝国では帝位を継ぐものは玉璽と呼ばれる印鑑を持っていないといけないと王は息子に教えたことがあった。まだ若い王子は、その玉璽のように、取り返せば済むものとしての秘宝しか連想できない。

「それとも王の権力は臣下を罰することもできないほど脆弱だと申されますか」

「下がれ!」

 事実であるからこそ聞きたくない言葉だった。王の権力はこの国では弱い。そのことに気づいてしまったとき、この現国王も王子のように怒りを露わにしたものだった。

 王が我が子の納得のいかぬ顔を想像するのは容易なことだった。まだうら若き足音が、王の小さな執政室から出ていくのを、王は背中で聞いた。


「――サナ様、とおっしゃいますか」

「クロリアというのだな、そなたは。王国のクロリア家とは関わりがあるのか?」

 改めて本名を名乗り合ったクロリアと王女は、一心に王国の西岸にある漁港へ向かっていた。馬車を御すのは前もって監獄食の料理人マチに教わっていたマチの同業者である。

「王国にクロリアという名家があることは存じております。しかし私は混血児であります。名家の者が未開化の蛮族たるカタル族と接点を持つとは考えにくいかと……」

 偶然だろうとクロリアは考えていた。しかし王女サナは思い当たる節があるように思案に耽った。

「サナ様?」

「クロリア、そういえば……正式な記録にある訳ではないが小耳に挟んだことがある。クロリア家のお嬢様が行方をくらませたことがある、と」

 クロリアは目を見開いた。

「それは……すごい偶然だ」

「ただの偶然とは限らぬ。その騒ぎは瞬く間に鎮火され、その直後からクロリア家が王家に対しこれ以上ないほどの苦渋を飲ませるようになった。私は何も教えてはもらえなかったが、なんでも、王家にとって知られたくないことをクロリア家が掴んでしまったらしい」

 サンクロリア王国の建国神話にある、蛮族を駆逐した英雄騎士クロリアを祖に持つ王家は、騎士団の仲間を祖に持つ神官家に比べて大きな権力を持てなかったとはいえ、王国内の民の信頼を勝ち取ってきた求心力はあった。その求心力が、メラン国との開戦以後急速に低下しているらしい。

「クロリア家は保たれてきた王家と神官家の権力のバランスを、一気に崩せる手札を持つに至ったのではないか」

「手札、ですか」

 クロリアは勘付いた。それは何らかの情報だろう。王家が臣下に過ぎないクロリア家の横暴をただ受け入れ、それを制することもできない手札があるとしたら、それは王家の力を以てしても消せないものであるに違いない。それは恐らく、王家にとって不利な情報なのだろうと。

「クロリア……?」

「サナ様、もうすぐ目的地に着きます」

 三日三晩馬車を飛ばして、着いたのはハートとミチのいる漁港だった。

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