彼女が世界を滅ぼす時【思春期症候群版】

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女の子は、恋心一つで、世界だって滅ぼせるのよ♡

 ──私は俗に言う、『時を駆ける少女』であり、これまで数えきれないほどの世界を滅ぼしてきた、罪人つみびとであった。


 現実世界にはけしてSF小説みたいに、過去や未来の世界と自由に行き来できるような、御都合主義的なタイムトラベルなぞ存在しない。


 なぜなら世界というものは、あくまでも一つしかあり得ないのだから。


 よって、過去に時間移動すれば過去こそが唯一の現実かつ現代世界となり、未来に赴けば未来こそが唯一の現実かつ現代世界となるだけなのであり、そしてその結果、かつての現実かつ現代だった世界はあたかも夢や幻であったかのように、ただ消えゆくしかないのである。


 つまりタイムトラベラーはタイムトラベルをするごとに、それまで自分の存在していた世界を滅ぼし続けているのだ。


 私は遠未来において、滅亡に瀕した人類が持てる科学力を結集して造りあげた、少女の姿をした生体型タイムマシンであり、歴史をより良い形に改変することを目的に、これまで数百年もの間過去へと旅をし続けてきた。


 もちろん私が最初にタイムトラベルした瞬間に、元いた未来世界自体も『無かったこと』になってしまったわけだが、過去を改変すれば結果的に、未来は人類にとってより理想的なものとして蘇るのであり、構いはしなかった。


 しかしいくら過去を改変しても思ったような結果は得られず、私は更に過去へと時代を遡りながら良心の呵責に耐えつつ、世界を滅ぼし続けていくしかなかったのだ。


 そしてついにたどり着いたのが、この西暦2018年の日本であった。


 この時点から更に数年後に、某大学の物理学科の研究室に在籍することになる『彼』こそが、私自身の基になった、自律型生体量子コンピュータ『KUDANクダン』の理論を最初に考案した御方であり、この時代では学会や世間の理解を得られず十分な研究資金にも恵まれず、開発は頓挫してしまったが、約千年後に滅亡に瀕した人類が彼の研究レポートを再評価することによって、私という生体型タイムマシンの製造に成功したのだ。


 物理学の根本をなす量子論に則り、無限に存在し得る過去や未来の世界をも含む、文字通り世界を『観測』することのできる、量子コンピュータならではの性能を持つKUDANクダンがもっと早く開発されていたら、人類は無益な争いによって世界そのものを衰退させることはなかったであろう。


 そこで私は学生に身をやつし、この当時神奈川県立のみねはら高校に在籍していた彼に接近し、折よく同じ高校に通っていた大富豪の御令嬢との仲を取り持って、豊富な資金や権力を手にさせることによって、KUDANクダンの一日でも早くの実現を促していった。


 しかし何と事もあろうに、彼はこの私のほうに懸想してしまったのである。


 それもある意味無理からぬ話で、実はのちに考案されることになる少女型生体量子コンピュータであるKUDANクダンは、彼が高校時代に亡くしてしまったかつての想い人をモデルにしていて、当然その直接の子孫とも言える私も、『彼女』そのままの外見をしていたのだ。


 このままでは彼は令嬢と結ばれることなく、史実通りに資金不足でKUDANクダンの開発は頓挫し、人類の唯一の希望は潰えてしまう。


 私はあの手この手で彼と令嬢をくっつけようとしたり、思い余って最大のタブーであるはずの自分の正体や未来の悲惨な状況すらも明かしたのだが、彼の私への実直なる想いを変えることはできなかった。


 そしていつしか自分自身も、彼に惹かれ始めていたことに気づいたのである。


 しかし私には人類の未来を救う使命があり、これまで滅ぼしてきた世界に対する責任からも、けして自分勝手な感情に流されたりはせず、歴史をあるべき姿に改変し、真に理想的な世界に生まれ直させなければならないのだ。


 そんな忸怩たる日々の中、突然の天啓のひらめきによって、私はすべてを理解した。


 なぜ自分が千の時を越え、彼に会いに来たかを。


 彼が亡くしてしまった『彼女』とは、何者であったかを。


 だから私は、おそらくは、彼の目の前で笑顔で命を絶って、彼の世界を木っ端みじんに滅ぼすことにしたのである。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……いや、僕の世界は、木っ端みじんに滅びたりはしないから」


 九月初めの放課後の、神奈川県立みねはら高校の二年D組の教室にて。


 私ことおんハルカの、長々と続いた一大告白を聞いた後での、目の前の少年──あまワタルの第一声は、こちらの予想に反して、いかにも気の抜けたものであった。


「最近何だか思い詰めているようだったから、気になって聞き出してみれば、何だよその、いかにも大昔の三流SF小説のような小話は?」

「さ、三流SF小説のような、小話い⁉ あんたがしつこく聞いてくるものだから、人がせっかくすべてを告白したやったというのに、何よ! いくらこんな話、にわかには信じられないからといって──」

「──いや、別に信じていないわけじゃないんだ」

「へ?」


「今聞いたおまえの話は、二つの点で非常に信憑性がある。一つは、タイムトラベルなんて言うと非常に突拍子もなく聞こえるが、少なくとも今の話では、現実性リアリティを一切損ねてはいなかった。そしてもう一つは、実はおまえの『未来人としての記憶』についても、をけして否定できないんだよ」


 な、何よ? 記憶が本物であるって、どういう意味よ?

 そんないかにも意味深な言い回しに、こちらが戸惑っているのを尻目に、

 ──続けざまに、更なる衝撃のセリフを追加してくる、将来の天音博士。


「それらを踏まえて言わせてもらうんだけど、今俺の目の前にいるおまえは、けして未来人なんかではなく、あくまでも現代日本生まれの、ただの女子高生に過ぎないんだ」


 ………………………は?

「何よ、それ⁉ たった今、私の話は十分現実的だし、未来人としての記憶も本物だって言ったくせに!」

 あまりの言い草に怒気もあらわに詰め寄れば、これ見よがしに大きくため息をつく同級生の少年。

「あのなあ、ハルカ」

「何⁉」


「おまえさっきの告白の中で、『そしてついにたどり着いたのが、この西暦2018年の日本であった』なんて言っていたけど、俺とおまえって、物心ついてからずっと、昵懇のだよな? 俺にはこれまで二人一緒に育ってきた記憶が、ちゃんとあるんだけど、おまえには今年以前の記憶が無いというわけなのか?」


 ──うっ。

「そ、それは、あれよ。私がこの時代にタイムトラベルした瞬間に、この世界の歴史を含めた森羅万象が生み出されて、ワタルや私自身も含めて、全人類の過去の記憶も芽生えたってわけなのよ」

「そうすると、この現代世界のすべてを、過去の人類の歴史も含めて、おまえ一人が創り出したとでも言うつもりか?」

 ……そう言われてみれば、確かにかなり、無理があるような。

「でも、これで確信したよ」

「こ、今度は、何でしょうか?」

 もはや、内心ビクビク状態の私に対して、

 ──自称幼なじみときたら、とんでもない爆弾発言を、ぶちかましてきたのだ。


「間違いない。おまえって近頃流行はやりの、『思春期症候群』を患っているだけなんだよ」


 ………………………………………。

「ちょ、ちょっと! 言うに事欠いて、あの噂の『思春期症候群』を患っているですって! まさか、人を中二病の妄想癖扱いするつもりなの⁉」

「いやそんな、滅相もない。実はね、『思春期症候群』というものは、病気でも個人的な妄想でもなくて、ちゃんと現代物理学と心理学に基づいた、論理的にはあらゆる不思議な現象を実現することのできる、現代の奇跡なんだ。──まさしく、タイムトラベルすら、可能とするほどにね」


 え。

「まず、さっき言った、『おまえの言い分は正しい』ということについてだけど、「世界は一つしかあり得ない』と『タイムトラベルするたびに元の世界のほうは、夢幻みたいに消えゆくしかない』とに関しては、まさにその通りとしか言えないんだが、この見地に立てば当然のごとく、タイムトラベル自体が不可能になってしまうんだ。何せ世界が一つしかなければ、いわゆる『世界間転移』の類いはすべてできなくなるし、タイムトラベルするごとに元いた世界が消えてしまうんじゃ、事実上タイムトラベルしたこと自体がなかったことになるから、おまえが未来から来た証拠なぞどこにもなく、さっき俺が断言したように、『おまえは間違いなく現代日本生まれの女子高生で、ただ単に自分のことを未来人と言い張っているだけ』と言われても、反論のしようが無くなるんだよ」

 あ。

「そこで登場してくるのが、量子論なんだけど、中でも多世界解釈においては、現在における世界は目の前にある現実世界ただ一つだが、その未来の無限の可能性の具現としての一種の平行世界である『多世界』なら、文字通りに存在するがあって、あくまでも理論上とはいえ、人は誰でも将来タイムトラベルする可能性があり得るし、しかもタイムトラベル後においても元いた世界のほうも可能性の上では存在し続けており、けして夢幻のように消え去るってわけじゃないんだ」

 なっ⁉

「もしかしなくても、量子論に基づけば、私の言い分は全否定されてしまうわけ⁉」

「大丈夫、そのためにこそ、集合的無意識論があるんだからね」

「いやそもそも、集合的無意識って、一体何なのよ?」

「実は量子論で言うところの多世界を、心理学で言い換えたようなものなんだが、提唱者のユングによれば、現在や過去の全人類の深層意識はお互いに繋がり合っていて、この言わば超自我的領域のことを集合的無意識と名付けたんだけど、量子論的な見地に立てば別に現在や過去に限定する必要は無く、無限の可能性としての未来の人類をも含めた深層意識の集合体──すなわち、あらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の『記憶や知識』が、すべて集まってきていることになり、そのため集合的無意識にアクセスすることができれば、あらゆるSF的イベントを実現することができるようになるんだ。──例えば、目の前の人物の『記憶や知識』とアクセスすれば、『読心』や『人格の入れ替わり』を、戦国時代の武将や異世界の勇者の『記憶や知識』とアクセスすれば、『前世返り』を、そして未来人の『記憶や知識』とアクセスすれば、『未来からの精神のみによるタイムトラベル』を実現できるって次第なんだよ」

 ──‼

「そ、それって──」

「そう。まさしくおまえの、現在の状況そのものさ。しかも集合的無意識に集まってきている『記憶や知識』は、量子論やユング心理学に則れば、すべて『本物』と言えるのであって、だからこそおまえは、正真正銘現代日本生まれの女子高生でありながら、同時に本物の未来人の記憶を有することができるってわけなんだ」

「……でも、そもそも何で、ただの女子高生が、集合的無意識なんて代物にアクセスなんかできるわけ?」

「だからそれをしでかしているのが、件の『思春期症候群』なんだよ。──実はね、まさに『思春期症候群』こそが、おまえのような悩める思春期の少年少女を集合的無意識にアクセスさせることによって、数々の不思議現象を引き起こしているんだ」

「いやいやいや、私別に思春期症候群を患ってしまうほど、悩んでなんかいないんだけど⁉」

「……もしかしたら、ハルカ自身のことではなく、僕のことで悩んでいたんじゃないのか?」

「ふえ? ワタルのことって……」


「実はここ最近、将来の自律型生体量子コンピュータ『KUDANクダン』の開発のための、基本的理論の構築に悩んでいてね。それに気がついたおまえは、何とか自分が役に立てないものかと、思っていたんじゃないか?」


 ──っ。


「さりとて自他共に認める文系タイプのおまえには、バリバリの理系で大のSFマニアの俺みたいに、量子論等の物理学の知識が無いから、役に立つどころかちょっとした相談にも乗れないという、己のふがいなさに悩んでいたところ、『思春期症候群』を患うことになって、集合的無意識にそれこそ無意識にアクセスして、まさしく当の『KUDANクダン』の発展型の知識を自分の脳みそに刷り込まれることになって、今やすっかり『KUDANクダン』発展型になり切ってしまい、当然のごとくこの世の誰よりも『KUDANクダン』について知り尽くしているってわけだ。──まさしく、これから先大学に進学した後も、僕の『共同研究者』となって、『KUDANクダン』の開発に大いに貢献していけるくらいにね」

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