【想いのその先に】 第七部
クラスの誰かがそう呟いた。次の瞬間には驚きの声を上げるやつ。教室から出て先生のところに行く奴が出てきた。
「お、お前のアンドロイド……」
先ほどから俺たちが慌てているのは理由があった。アンドロイドは人間に対しては決して暴力を振るわないというプログラミングがされているからだ。それは対象者に限った話ではない。人間と言えるものに対して暴力は振るわないようにできている。もちろん、対象者の危険が感化された場合のみ、その対象ではないにしろ、今回はそういった事例ではない。対象者の命の危険。そのレベルにならないとアンドロイドは決して実力行使は行わない。そしてそれは、アンドロイドが誕生してから今日までその考えは守られてきた。アンドロイドが人間に暴力を加えた。そんな事件は一度として起きたことがなかった。
「叶汰……」
あたりの騒ぎに不安になったユメが俺の方を見つめてくる。ユメはまだ自分のやったことを理解できていないようだ。人を叩いてしまったと言う罪悪感はあるだろうが、そのことの重大さを認知していない。
まもなくして、担任の先生。そして、学年主任の先生がきて、ユメは拘束されることになった。そして、俺もその所有者として一緒に連れていかれることになった。
ユメを学校に連れて言った翌日。俺は道端先生の研究所へと向かっていた。もともと学校のある日だったが、ユメが道端先生の研究所に緊急検査ということで運び込まれていたので、ユメの迎えと、検査の結果を聞きに研究所に向かっていた。
昨日の一件はもしかすると大きなニュースになるようなものだったかもしれない。それだけに俺は内心ビクビクしながら研究所に向かっている。
そして、そんなことになればユメはただでは済まない。事件を起こした張本人として今後専門機関などに送られ、調査などされるだろう。そうなれば、もちろん今後一緒に生活することなんてできない。だから、迎えに行くなんていかにも一緒に帰れそうな考えだが、そう考えないとただ検査結果を聞きに行くなんて考えたら、足がすくんで歩けなかった。
道端先生の研究所に着き、中へと入る。するとそこには以前俺とユメが検査で来た時に受付をしていたお姉さんが座っていた。
「森本叶汰という者なんですが」
「森本さまですね。先生がお待ちしておりますので七階の部屋まで直接向かってください」
俺は受付のお姉さんに会釈してから、エレベーターに乗り七階へと向かう。
その時、エレベーターのあの浮遊感を感じる。いつも感じてなかったのに。どうして感じるのだろうと七階に着くまでにふと考える。そして、一つの考えが浮かび上がる。
(いつもはユメがいたからか……)
よくよく考えれば、俺がこの浮遊感を感じる時はいつも一人でエレベーターを乗った時だった。一人という状態に俺はどうやら弱いらしい。こんなんで本当に大人になんかなれるのだろうか……
まもなくしてエレベーターのドアが開く。そして、受付のお姉さんのいうように、待合室で待つことなく、そのまま道端先生のいる部屋へと向かう。
三度ノックしてから先生の返事が聞こえ、失礼しますと一言言ってから中へと入る。
「おはよう、叶汰くん」
「おはようございます、道端先生」
「まぁ、そこの席に座ってくれ」
俺はいつものように検査の時同様席に座り先生と向かい合う形で椅子に座る。といっても、先生は机の方を向き、書類に目を通している。
「叶汰くん。調子はどうだい?」
「なんで僕の調子なんて聞くんですか?」
「そりゃ、アンドロイドとその対象者は一心同体だ。すなわち、アンドロイドのケアと対象者のケアは同義であろう?」
「道端先生の理論はあまりわかりませんが、まぁ、普通ですかね」
「私にはあまり“普通”には見えないけどね……。っとそれはいいさ。それよりもアンドロイドと対象者が一心同体というのは君が一番知っているはずなんだけどね」
「どういうことですか?」
先生は書類から目を離し、俺の方へと向く。
「いや、今はこの話はやめておこう。それよりも話すべきことがあるからね」
「そうですね……」
先生は手に持っていた書類を机の上に置き、俺に問いかけてくる。
「叶汰くん。いい知らせと、悪い知らせ。どちらを先に聞きたいかな?」
「悪い方からお願いします」
「理由を聞いても?」
「特にありませんよ。ただ、いい知らせを聞いた後にそれ以上の悪い知らせで絶望したくないだけです」
「なるほどね」
先生は俺の言った意味を理解したのだろう。俺の言葉に深くうなづく。
どれだけいい知らせがあったとしても、悪い知らせ。つまり、ユメが処分されるなんて知らせは聞きたくない。でも、先に聞いておけばまだメンタルが持つ。いい知らせを聞いた後に聞けば、そのいい知らせはただ虚しい知らせになり、結果メンタルが壊れてしまいそうになる。結果からすればどちらも変わらないのだろう。だから、あくまで俺の感覚の問題だ。
「じゃあ、まずは悪い知らせから……」
先生の言葉に息を飲む。その言葉一つで俺の今後の人生が決まる。そのくらい大切な一言。
「ユメちゃんは今日から一週間研究所で検査させてもらう」
「それだけですか?」
「強いて言えば、記憶や行動を司るデータの部分。要はいつもの検査のようなことをさせてもらうということかな」
「それが悪い知らせですか?」
俺は案外軽いものだと思ってしまう。しかし、道端先生は続ける。
「少し言葉足らずだったね。その検査があると言うことは現状ユメちゃんがあんな行動をした原因がわかっていないということなんだ」
「それで……?」
「とりあえず、叶汰君には今日来てもらって申し訳ないがまだユメちゃんと一緒に帰ることはできない。そして、それは一週間後も同じかもしれないということを先に言わせてくれ」
「一週間後も一緒って、一週間検査しても原因がわからずにまた検査する必要があるってことですか?」
ユメが帰ってくることが延びるのは正直嫌だ。しかし、こればかりは対象者である俺の意向ではなく、一つの国レベルでの問題の話。しょうがないのだ。
「あぁ。大体はその通りだ」
先生から曖昧な言葉が返ってくる。
「だいたいというのは?」
先生は苦虫を噛んだような表情になり、俺の顔を見て告げる。
「最悪、私にもわからなければユメちゃんはこれ以上ここで見ることはできない。そして、それは叶汰くんとユメちゃんの別れを意味しているんだ」
「ちょ、ちょっと待てください。どうしてここでユメが検査できないことと俺とユメの別れを意味してるんです?」
「叶汰くんも知っての通り、私はアンドロイドに対しての研究でそれなりに実績や経歴を持っている。しかし、私以上に優れている人は叶汰くんが思っている以上に山ほどいるんだ。例えるなら、お医者さんをイメージしてくれればいい。お医者さんと言っても外科の先生や内科の先生。さらに歯医者さんに、眼科の先生といるだろう? 専門分野を出したら私は多くの面で劣っているものがある」
先生の言いたいことは今の例で俺にもわかった。しかし、先生が見られないのと、ユメと俺が別れることが関係しているのか。その真意がわからなかった。
「まだ、僕はアンドロイドの対象年齢でしょう? なら、ユメと別れることなんて……」
「叶汰君のところにももう来ているだろう。あの書類が」
それは先日届いていたアンドロイド回収のことだろう。
「でも、まだ正規の回収日時まで……」
「今がどんな状態か叶汰君はわかっているかい?」
先生の言葉は俺に重くのしかかる。
それは歳が上だからとか、経験がどうとかではなく、専門家としての責務からのものだった。
「今回ばかりは君の擁護はできない。これは叶汰君とユメちゃんだけの話じゃないんだ」
「はい……。すみません」
そうだ。ユメが今回したことは前代未聞。普通ではないのだ。俺はその自覚が今一度足りなかった。そして、そこから引き起こされる悲劇も結果も。
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