【人生とは常に波乱の中にいる】 第九部

 自分の感情の正体が分からない……


 怒り? 嫉妬? 悲しみ? それとも別の何か?


 叶汰がユメちゃんのことが好きだと言った後、ユメちゃん自身が言った言葉。



“叶汰は異性として私のことを真剣に好きでいてくれています”



 それってつまり、叶汰はユメちゃんのことが好きで、他の誰よりもユメちゃんのことを見てるってことで、何よりもあの口ぶりからして、両想いってことで……



「私、バカみたい…………」



 私に腕を掴まれ、後ろで必死についてくる子の腕をさらに私は強く握りしめる。




 そして、私たちは叶汰たちに言ったように水着から服へと着替え、帰り支度をしていた。



「ユメちゃん」



 私の隣で、すでに私の帰り支度をじっと待っている子に問いかける。



「なんでしょうか?」


「このあと話があるんだけど」


「わかりました。叶汰たちに連絡しておきますね」


「いや、もう私が連絡したからそれはいいよ」


「そうですか。ありがとうございます」



 私の隣にいるその子は律儀にも頭まで下げて私にお礼を告げる。



「ちょっと、歩きながら話そうか」


「はい」



 私も帰り支度を済ませ、更衣室を後にする。その時、晴人にメッセージを送り、すぐに携帯を閉じる。


 外に出ると、あたりはすでに夕焼けでオレンジ色に染められていた。私とユメちゃんはその夕焼けを横にして私たちが横並びになるような形で、あてもなく歩き始める。



「ねぇ、ユメちゃん」


「はい」


「さっき言ってたことってホント?」


「はい」


「そっか……」



 私の言葉にノータイムで答えるその子の声は淡白だった。それが私の心に突き刺さる。



「でも、びっくりした。ユメちゃんと叶汰が付き合ってたなんて。言ってくれればよかったのに。もしかして、恥ずかしかったとか?」


「奈々実さん」


「ん?」


「私と叶汰は付き合ってはいません」


「えっ?」



 思わず、私の足が止まる。それに追随するようにしてユメちゃんの足も止まる。



「私と叶汰は、奈々実さんの仰る付き合っているという状態ではないです」


「えっと、ごめん。うまく理解できない……」


「世間一般的にいう、彼女彼氏という関係ではないということです」



 私をしっかりと見てくれるユメちゃんの目は決して嘘を言っているような目ではなかった。私をしっかり視線の中心に捉え、見つめていた。



「それなら、なんでユメちゃんは叶汰がユメちゃんのことをそういう風に好きだということを知っているの? それって叶汰が言わない限り分からないことだよね?」


「はい。私は今年の春に叶汰に告白されました」


「それで、付き合ってないってなると、ユメちゃんは叶汰のことをフったってこと?」


「そうです」


「あ、そうなの……」



 私は再び足を前に出し、ゆっくりと思考と歩行を開始する。


 まず、叶汰はユメちゃんのことが好き。そして、今年の春にその想いをユメちゃんに告げていた。


 叶汰の告白に対し、ユメちゃんはノーという答えを出した。ノーと答えるにはそれなりの理由があるはず。


 そして、ユメちゃんのあの時のセリフ。「好きでいてくれています」という言葉。



「ひとつ質問いい?」


「はい」


「叶汰は今でもユメちゃんのこと好きだったりするの?」


「おそらく」


「そっか……」



 叶汰はいまでもユメちゃんのことが好き。叶汰らしいまっすぐさがここにきて疎ましく思う。そして、ユメちゃんの言うことだ。これは当たっているはず。



「ユメちゃんはどうして叶汰をフったの?」


「私と叶汰は違いますから」


「違う?」



 私の問いに表情ひとつ変えず、ユメちゃんは答える。



「叶汰は人間で、私はアンドロイドですから」



 心の中で私は「そうか」と言って、理解する。それ以上でもそれ以下でもない。いわば、叶汰が恋したのが自分の飼っていたペットだったようなものだ。その関係はそれ以上行くことはない。ただ、好きという感情の一方通行。相手からは何も帰ってこない。アンドロイドとはそういうものだ。対象の人物の未来をよくするように考えるロボットであって、姿はどうあれ、事実それは人間ではない。


 でも、そうなってくると気になることが一つある。



「ユメちゃんはなんでわざわざあの場であんなことを言ったの?」



 ユメちゃんは言わなくても、もちろん理解するであろうこと。それは叶汰の言葉の後のフレーズのことについて私はユメちゃんに問い詰めた。



「あのままだと奈々実さんが誤解したまま終わるところだったからです」


「まぁ、たしかに……」



 ユメちゃんの言う通り、あの場において私は叶汰の言うことは息子が実の母のことを好きでいるようなこと。それは決して異性としてではなく、長年の間に培われた信頼関係の元に生まれる愛情のそれだと思っていた。



「あの場で奈々実さんが求めていた好きな人という意味はそうではないのでしょう?」


「う、うん……」


「だからです」



 ユメちゃんにしては少し珍しく、強い口調でそう告げる。



「まって。ユメちゃん」


「なんでしょう?」


「そういう意味じゃないって、どういう意味かわかるの?」


「奈々実さんは叶汰のことが好きなのでしょう。異性として」


「そ、それは……」



 ユメちゃんははっきりと私に告げた。それは確信めいた何かを持って言っているようだった。



「なんで分かったの?」


「奈々実さんの視線とかから見てなんとなくでしょうか。でも……」


「でも?」


「今の言葉で確信に変わりました」


「えっ……。あっ…………」



 私のなんでもない言葉一つから相手の心理を読み取っている。まさにアンドロイドらしい計算されたような考え。私たち人間の言う、女の感とか第六感なんてものよりも確実性のある考え。



「ユメちゃん」


「はい」



 私が止まるたびにしっかりと止まってくれるその子は私の好きな人の好きな子で。



 そして私の好きな人からの想いをフった子で。



 でも、自分の立場を理解して、形はどうあれ、こうして私に好きな人のことを教えてくれた優しい人。



 だからこそ、私は自分の気持ちに嘘なんてつかず真摯に彼女にぶつかる。



「私は叶汰のことが好き」


「はい」


「アンドロイドのあなたではなれない関係になってみせる」


「はい」


「それでも、あなたは本当にいいの?」


「頑張ってください。奈々実さん」



 私の言葉に目の前の女の子は優しげに微笑む。


 その笑みは母が子供に対して微笑むような。はたまた、私に勝てるものなら勝ってみろと言わんばかりの強者の余裕の笑み。そんな風にも見えた。



「そろそろ、いこうか」


「そうですね」



 私たちは叶汰たちのいる場所へと歩を進める

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