【人生とは常に波乱の中にいる】 第十部


「おまたせ〜」



 聞き覚えのある、あの大きな声が後ろから聞こえてくる。



「帰ろっか」


「あぁ」



 まだ、うまく奈々実と顔をあわせることのできない俺の代わりに晴人が奈々美の声かけに返事する。


 俺はすっと立ち上がり、前を歩く奈々実、晴人のあとについていく。


 俺の横にはユメがついてくれている。



「あぁ、明日からまた勉強だね〜」


「そうだな。明日から1日勉強の受験生に逆戻りだよ」


「うぅ……。晴人、そこまではっきり言わなくてもいいじゃない」


「早めに現実を見ておいた方がダメージが少ないと思ったんだけどな」


「すでに、大きなダメージくらってるよ〜」



 俺の前では奈々実と晴人が内容はともかく、楽しそうに話している。


 どうやら、奈々実の気持ちは吹っ切れているようだ。いや、それとも無理して元気な様子を醸し出しているのだろうか。今の俺にはそれを判断するのに手一杯だった。



「叶汰、叶汰?」


「えっ、あ、なに?」


「顔色が悪いですが、どうかしました?」



 俺の隣を歩いていたユメが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。



「いや、大丈夫だよ。俺も明日から勉強だと思うと嫌だなぁって思ってね」


「確かに明日からまた勉強しないといけませんね」


「あぁ」



 俺はユメの不意の問いかけになんとか返答し、頭の中で必死に奈々実のことについて考える。


 どうやって、あの時の表情のことを聞こうか……


 こういう時、なんて声をかけたらいいか分からない。


 奈々実は見るからに、あまり今日の出来事について気にしていないみたいだから、俺も気にしないのが最もいい選択肢なのだろうか……。


 でも、だからといってあの時の奈々実の悲痛に満ちた表情を無視することはできなかった。



「ねぇ、叶汰」


「え、な、なに?」



 俺が奈々実に声をかけようとした時、逆に奈々実の方から声がかかる。



「叶汰とも話したいことあるから、帰りの電車の席一緒に座ろ」


「わ、わかったよ」



 俺はなんとか奈々実に返事をする。それを奈々実は一度確認して再び晴人との談笑に戻ってしまう。


 奈々実が俺と話したいこと。それはユメのことだろう。それなら俺も話がしやすい。こうなってしまった以上いつかは通らないといけない道だ。ならば、話せる時にしっかりと話せばいいだろう。幸い時間もたくさんあるのだ。


 奈々実の気が済むまで付き合おう。俺はそう心に決める。



「あの、叶汰」



 隣を歩いていたユメが俺にそっと声をかけてくる。



「どうかしたか?」


「あの、なにか私に聞きたいこととかってないですか?」


「聞きたいこと?」



 ユメに突然そう質問され、俺は少し考えてみるが、突然のことであまり考えが思いつかない。



「いや、別にないけど」


「そうですか」


「なんかあったっけ?」


「いえ、ないならいいんです」


「?」



 俺が困惑するのを見て、ユメは言葉を続ける。



「奈々実さんのこと、何も聞かないのですか?」


「奈々実のこと?」



 俺の言葉にユメは何も答えず、ただ俺の目を見つめてくる。


 ユメの言葉に考えを巡らせると一つの考えにたどり着く。



「奈々実とユメが何を話していたかってことか?」



 ユメは何も言わないが、その代わり俺の質問に頷いて答える。


 たしかに奈々実とユメが何を話していたかとても気になる。ましてや、もうすぐ駅について、そこから奈々実と話すのだ。少しでも前情報は欲しい。



 でも、そう思うのと同時になんだかそれは卑怯だとも感じた。


 ユメなら奈々実との会話を違いなく、そして事細かく教えてくれるだろう。そして、俺は奈々実のことを今よりもよく知れる。もしかすると、晴人が気づいていることをユメは奈々実との会話で知っているかもしれない。


 だからこそ、ユメの口からそれを聞くのは卑怯だと思う。俺は晴人に自分で聞くと言ったし、奈々実の口から、奈々実の想いをしっかりと聞いて受け止めないといけないと思う。他の誰でもなく、奈々実自身から。


 だから、俺はユメに対して首を横に振る。



「いいのですか?」


「あぁ」


「聞くのが怖いんですか?」



 ユメの言葉が少し強くなって聞こえる。



「それもある」


「それもって、他に何が……」


「大切な想いは本人の口から聞くべきだと思うんだ」


「それってそんなに重要なことですか?」


「人によるかな……」



 少し決まりの悪い表情をしていたユメに「例えば……」と言って、例え話をする。



「誰かに告白する時、俺たちってその人に直接会って告白することもあれば、手紙に想いを書いて送る、ラブレターという方法があるだろ?」


「はい」


「ユメとしては、どっちがいい告白の方法だと思う?」



 ユメは少し考えてから、俺の質問に答える。



「どちらもいい方法だと思います。前者では二人の表情などもわかります。そして、その場で答えを聞くことだってできます。後者では、自分の想いをしっかりと伝えることができ、面と向かってないからこそ、どんなことでも素直に言えます」


「そうだな。二つともいいよな。でもな……」



 一呼吸開けて、俺はユメの顔を見て答える。



「大切な想いっていうのはやっぱり直接言わないといけないと俺は思う」



 目の前には駅のホームが見えてくる。まもなく駅に着く。



「大切なことって、その時の瞬間。言葉を発する瞬間の空気とか、相手の表情とか、自分の鼓動とか、緊張とかそういうもん全部が大切だと思うんだよ」


「そうでしょうか……」


「あぁ。俺はそう思う。でも、これは人による。事実、告白を例に出したけど、それでいうならラブレターの方が嬉しい人ももちろんいる」



 例え話でわかりやすくしたつもりが、例え話をする前よりもユメの表情が曇ってしまう。



「難しいですね。恋愛って……」


「そうだな……、でも……」



 ユメの方を向くのが怖くて、俺は奈々実たちの方を向いたまま言う。



「だからこそ、俺はユメに直接想いを伝えた」



 俺の言葉には何も返事は返ってこない。


 そして、いつのまにか俺の目の端からはユメの姿は見えなくなっていた。


 結局、ふんぎりの悪いまま駅に着いて、俺たちはまもなく来る電車に乗り込む。

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