【普通であって、普通ではない】 第三部
「次に、アンドロイドは対象者が一人になる場合はそばにいるようになっている。」
三と黒板に書いた後、先生は黒板にアンドロイドは対象者につき添うと記す。
「これは、初めに井上が述べたように対象者の自殺防止、事故防止などが主に意味している」
先生の言うように、俺もよく外に出かけるときはユメがついてくる。というか、俺の場合は一緒にいたくていつも行動してたんだけど……
「ただ、今みんなが学校にいながら、そばにアンドロイドがいないように、明確な理由がある場合、アンドロイドはその任務を全うしない」
アンドロイドはあくまで対象者が一人になる時に対象者のそばにいないといけない。逆の考えをすれば、学校や、友達と遊びに行くなどと言えば、一人にならないのでそばにはいなくていいのだ。
「これは、アンドロイドや家庭の状況にもよるが、言葉だけでは信じず、実際にその言葉が果たされるまで、そばにいるアンドロイドもいる」
先生の言うことは、例えば、友達と遊ぶとアンドロイドに言っていながら、実際は一人で遠出をするなんてことも可能だということだ。そういったことで今の時代にでも自殺はゼロにはなっていない。だから、初期設定では対象者の言葉が果たされるまで一緒にいるようになっている。その後の対象者との関わり、家庭環境で学習し、俺たちの年にもなると、心配でついてくるようなアンドロイドは珍しい。
だから、高校生にもなって学校までアンドロイドが一緒に来ていたりすると、少し恥ずかしかったりする。それこそ、親と一緒に学校に来ているようなものなのだ。
「次に、年に一回。アンドロイドの点検に近くの市役所に申し出ること。もしくは、該当する機関に申し出なければいけない」
先生は黒板に、四と書いてから、年に一回の点検と書く。
「これは言っての通りだな。なんでもメンテナンスをしないと壊れてしまうから、そのために市役所などに行けということだ」
そのとき、一人の生徒が手をあげる。
「先生。質問いいですか?」
「なんだ、尾崎」
席を立って、今まさに先生に質問しようとしている尾崎はいつも物静かで、本を読んでいるイメージだ。地味な女子生徒といえばそうだが、決してひとりぼっちな生徒というわけでもない。友達はおり、休み時間にもなれば二、三人の女子生徒を連れて食事に行ったりしている。
「私はその点検に毎年欠かさずしっかり行っています。だからこそ気になるのですが、その点検に行かなければ、アンドロイドはどうなってしまうんですか?」
「先生も詳しいところまで分からないが、基本的には行動のバグが生じたり、会話の齟齬が出てくるらしい」
「そうそう、急に一人でどっかに行ったりするんだよなぁ〜」
「穂高、経験あるのか?」
「一回だけ、点検を忘れたことがあって」
「何してんだお前は……」
先生の言葉に右手で頭の後ろを掻いているのは、このクラスで一番のお調子者である穂高だった。
穂高はいつも能天気で、ほとんどのことをなんとも思っていないような生徒だ。前に、期末テストで赤点を三つも取ったのに動揺どころか、次の日には遊びに行っていたらしい。なんとか、その時は追試で首の皮一つつないだらしいが、親にこっぴどく叱られたと風の噂で聞いたことがある。
「俺が高一の時に期限が三日過ぎた時に俺宛に手紙が来て、それで点検しに行かないといけないことに気づいて、行こうとしたら、ササラがいなくなってたんだよ」
穂高の言うササラというのはおそらく穂高のアンドロイドの名前だろう。アンドロイドの名前は基本的に対象者の自由である。ほとんどが、親によってつけられたりするんだが、俺の場合は物心がついた頃に、俺がユメと改めて命名した。気が付いた頃にはユメと呼んでいたから、もともとなんという名前だったか俺は覚えていない。
「そんで探したら、近くの公園にいて、急いで市役所に行ったよ。あと二日遅かったら強制連行だったって言われたよ」
「穂高は今後気を付けなさい」
「は〜い」
「穂高が今言ったように、もし、期限を過ぎてもアンドロイドの点検をしなかったものには通知が届く。そして、それでも点検が行われない場合は強制連行となるんだ。厳重注意と、場合によっては、新しいアンドロイドと変更となる」
強制連行の対象となったアンドロイドは政府の人が家まで来て、有無を言わさず、アンドロイドを回収してしまうことだ。俺は穂高と違い、毎年期限通りしっかり行っているからお世話になったことはないが、強制連行になったら、まず政府の人などからお叱りの通知が来る。そして万が一、点検で修正不可能なものが見つかったりした際はそのまま元の場所に戻ることはなく、新しいアンドロイドが対象者の家へと運ばれる。
「なんなら、新しいアンドロイドをもらうってことで強制連行してもいいけどなぁ」
「お前、それすると、アンドロイドは初期設定になるから、学校までアンドロイドがついて来るぞ」
「マジか。それは嫌だな」
今発言したのは、先に発言したのが、高砂。次が小里。
まるで、自分たちが面白いことでも言ったかのようにゲラゲラと笑っている。俺は正直この二人が好きではない。今の言動にしろ、この二人には悪い意味で子供っぽさが抜けていない。悪いことに対しても、別に罪悪感を持たず物事軽く見てしまう風潮がある。
しかし、今の発言に笑っているのは二人だけではなかった。全員とはいかないが、クラスの大半のやつが高砂の発言に笑っている。
たまに起こる、自分と周りとの価値観の違い、物事を捉える感覚の違い。これがとても気持ち悪い。
俺は今の高砂の発言は問題発言だと思った。なんて、醜くくて、幼稚な発言かと思った。しかし、その俺の考えに対し、周りは面白がって笑っている。今の話のどこが面白いのか。それが俺には全く理解ができない。
俺の生きる時代の人たちにとって、アンドロイドに対する価値観が俺とは圧倒的に違っている。それが気持ち悪く、時に、心から相手のことを憎んでしまうほど、この変化が受けいれられていない。
「おい、叶汰」
「あっ? なに?」
すると、隣の晴人が声をかけて来る。
「大丈夫かお前」
「なんで?」
「いや、すっげー、高砂のこと睨んでるから」
「あっ、いや。なんでもないから……」
「気をつけろよ。何言われるか分かんねぇーから」
「うん」
俺は、高砂から視線をそらして、改めて黒板を見る。そこには強制連行のことも記されていた。
「そして、今回のこの授業で一番大切なことを言うぞ」
先生の声でいま一度クラスに静けさが戻る。
「もしも、アンドロイドとの別れが辛い場合。記憶の消去を申請することができるということだ」
先生は記憶の消去と短く黒板に書き記す。
「みんなの中には、人一倍アンドロイドとの仲を深めたものがいると思う。しかし、みんなにとってそのアンドロイドとは長くてもあと一年しか一緒にいることはできない」
先生の言う通り、俺たちとアンドロイドとの関係はあと一年。一年という月日は長く見えるが、今まで十七年間一緒だったと考えると、この一年はあまりに短い。
「そのため、どうしてもアンドロイドとの別れが辛い場合は、記憶の消去を行うことができる。もちろん、心身ともに健康であることなどが最低条件としてあるが」
辛い記憶は消してしまえば、何もなかったことになる。でも、それは辛い記憶である前に、アンドロイドと過ごした大切な時間であり、自分が生きてきた人生の時間の中で楽しかった何よりもかけがえのない記憶なのだ。俺は、この政府のシステムが好きではない。
「アンドロイドとの別れが辛いとか、どんだけおこちゃまだよ」
またしても、高砂が発言をする。
「マザコンならぬ、アンコンか? いや、ドロコンか?」
「高砂。この教室にはお前だけじゃないんだ。言葉に気をつけろ」
「は〜い」
気の抜けた高砂の声が響く。
その高砂の声が嫌で嫌でしょうがなかった……
「おっと、もうこんな時間か」
先生が左手に付けられている腕時計を確認する。俺も教室についている時計を確認すると、授業時間を残り五分程度残すばかりになっていた。
「では、他にも細かいところはいろいろあるが、最後に一つ」
すでに、黒板に書いてあった文字を消しながら、先生は話していく。
「今日の授業で言ったことなどを行い、アンドロイドは対象者が一人前の大人になった時、速やかに回収、記憶の改竄をされ、他の対象者の元へと向かう」
黒板の全てを消し終えたところで一度黒板消しを置いて、先生は俺たちの方を見る。
「自分たちがアンドロイドに支えられたように、次の未来の子供達が支えられるよう、みんなもしっかり今後の人生を歩んでいくように」
そう言い終えると、先生は日直に合図を送る。
日直は挨拶をして、すぐに授業の終わりを知らせる、チャイムが鳴る。
「終わったなぁ〜。叶汰飯食おうぜ」
「そうだな」
俺たちは各々で昼飯をカバンの中から取り出し、机の上に広げる。
「うー、腹がぺこぺこだ」
「そうだな」
俺はどうも晴人とは違い、食欲が湧かなかった。それもこれもこんな話の後のせいなんだ。
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