【普通であって、普通ではない】 第二部

 休み明けの気の乗らない授業をのほほんと受けていると、次で四時限目の授業となっていた。お昼まであと一つの授業を残すのみとなって、俺も少しばかり気持ちが入る。

 次の時間割はたしかHRとなっていたはず。先週のこの時間はちょうど席替えをしていた。席替えのみならず、HRの時間はいろんなことをするから、地味に俺はこの授業が好きだった。別に数学や、国語などの勉強が苦手なわけではないが、あれらの授業はほとんどが聞いているだけの授業。苦手ではないとは言え、退屈でしょうがない。だから、なにかしらの動きのある、この授業は好きだった。

 まもなくして、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。

 そして、日直の掛け声のもと挨拶を済ませ、先生が話を切り出す。


「今日のこの時間はみんなも知っているとは思うが、アンドロイドについての話をする」


 先生の言葉に、教室内でため息や不満を漏らす生徒で溢れる。


「静かにしろー。来年で高校生でなくなるお前たちには必ず話しておかないといけないことだ」


 クラスの生徒たちが各々で不平を漏らす中、俺は先生の言葉に絶句する。クラスの生徒が騒ぐ中、俺だけ血の気が引いていくのを感じる。


「何を言おうが、この時間はアンドロイドについて授業をする」


 そう言うと先生は黒板に、チョークで字を書いていく。その音とともに、クラスの中の声も徐々に消えていく。


「まず始めに、なぜこの時期にお前たちにアンドロイドの話をするかについてだが……」


 黒板にアンドロイドについてと書き終えると、先生は俺たち生徒側を見て、一人の生徒を指名する。


「井上、さっきの先生の言葉も含めながら、アンドロイドについて簡単に説明してくれ」


 先生が指名したのは、俺たちのクラスの委員長をしている井上だった。まじめで、頭も俺よりも良い。さらにはメガネも掛けているという典型的な委員長タイプの生徒だった。

 井上は先生の言葉に一つ返事を返して、席を立つ。


「アンドロイドは、僕たちの生活をサポートするものとして、見た目は僕たちと変わりませんが、僕たちが生まれた時から政府によって派遣される正真正銘のロボットです。近年、子供の自殺、親の虐待によって子供の亡くなることが多くなったこと、さらには、子供達の学力などの成績向上。身体的な成長促進。以上の事柄の打開策として、設けられた政策の一つとされています。そして、今回先生が僕たちにこの話をするというのは、先ほどもおっしゃっていたように十八歳。つまり、高校卒業時に僕たちはアンドロイドとの関係が終わり、僕たちは独り立ちしなくてはいけないから。そういうことを説明するために、今回この授業があるのだと僕は考えます」


「よろしい。井上座りなさい」


 先生の言葉で井上は席に着く。

 井上がここまでアンドロイドについて流暢に語れるのは、単に井上の頭がいいという訳でも、アンドロイドについて人一倍詳しいというわけではない。

 俺たちは高校に上がるまでに、小学校や中学校で同じような授業を何度も受けてきているのだ。初めてこの授業を受けたのは確か、小学校四年生だっただろうか。感覚的には、性教育と同じ感覚だろうか。

 とはいえ、性教育とは違い、思春期ならではの恥ずかしさのようなものはまったくこれっぽっちもないが。

 だから、大抵のことは井上でなくても答えられるのだ。


「井上が今言ったように、今回先生がみんなにアンドロイドの話をするのは、高校卒業。つまり、来年でみんなは今一緒に生活しているアンドロイドと別れるから。そのことについて改めて説明しておかないといけないからだ」


 先生はアンドロイドについてと書かれた文字の横に一と書いて、高校卒業時にアンドロイドとは別れると書いてゆく。


「しかし、井上の説明には少し言葉不足がある。それが分かる人いるか?」


 先生の問いに手を挙げたのは、俺の隣の晴人だった。


「外崎」

「はい、それは一部の例外を除いてアンドロイドとの契約、つまり高校を卒業してもアンドロイドと一緒に行動をともにすることが可能だということです」

「その通りだ」


 先生は先ほど黒板に書いた一のところから矢印を加え、例外と付け加える。


「アンドロイドの基本的な役目は対象者の生活の支援だ。だから、対象者に何かしらの障害がある場合、または、高校を卒業するまでに問題が生じた場合、国、医師などの判断により、期間の延長、また、期間の永久化もあり得るということだ」


 先生が黒板に文字を書く中、すでに授業という名の戦線を離脱する者が現れる。

 授業が始まって、まだ十分もしないだろうに、外を見ている者や、机で隠しながら小説を読むような強者まで現れ始めた。それを後ろの席から俺は認識しながら、注意は先生へと向けて、授業をしっかりと受ける。


「次に、アンドロイドには心がないとされる。これが分かる奴はいるか?」


 ほとんどの生徒が気持ち半分で聞く中、ぽつぽつと手は上がる。


「篠山」


 手を挙げていた生徒の一人であった、篠山という女子生徒を先生は当てる。

 篠山は俺同様、普通の授業はいつも適当に過ごしているが、この授業だけはいつも乗り気で参加している。それが特に現れるのが、文化祭や体育祭の時。女子の中でまず、行動を示すのはいつも篠山だった。その延長戦でこの授業にも他の生徒よりも少し乗り気だったのだろう。

 当てられた篠山はその場に立って、先生の質問に答える。


「それは、情によって物事を判断しないためです。例えば、対象者の子供が泣くからと言って野菜を食べさせないようになってしまっては、子供の栄養面を支えることができません。ですから、そういったことでは一切行動しないように、私たち人間にはあるような心の機能はないとされます」


 篠山の言ったようにアンドロイドには情、つまり心がないのだ。俺も小さい頃にユメに色々とされたものだ。

 だが、この機能にはもう少し続きがある。


「しかし、それでは泣いている対象者に無理やり野菜を食べさせるという問題も出てきます。ですから、心はないとはいえ、人間同様学習機能があります。それによって、無理に食べさせようとはしないようになり、どうやったら食べてくれるか考えた上で行動するようになります。その行動はアンドロイドによりますが、一つ例をあげるならば、スープにするなどが挙げられると思います」


 心が無いとはいえ、アンドロイドが非情な冷たいだけのロボットではないということだ。俺はこのシステムを結構気に入っている。

 それは、篠山がさっき言ったようなことが実際に起こらないことが言える。たしかに、人間は生きて行く上で栄養を取らないといけない。それはその時々の体の大きさに合わせた最適の量、種類がある。健康であるにはまずは食から、などと言う人もいる。俺たち人間にとって食べること。栄養を取り入れることは生きていく上で最低限度の行動であり、必要不可欠の行動である。その中で栄養を取らないといけないのだから、苦手だろうがなんだろうが、栄養を取るというべきでは好き嫌いなどは言ってはいられない。だから、アンドロイドが食べることを嫌がって泣いている子供に、野菜などを無理にでも食べさせるのは正しいのかもしれない。しかしそれではあまりにもかわいそうである。確かに食べないといけないのは事実だが、嫌なものを無理やり食べさせられたと子供が脳に記憶すると今後の人生で一生その食べ物を嫌うことになってしまうかもしれない。それどころか、食べることそのものに対して苦手意識を持ってしまうかもしれない。そうなれば、それこそ大きな問題になってしまう。だからこそ、人間みたいな学習機能を設けて、子供にストレスなく野菜を食べてもらうようにするという行動は実に人間らしくて俺は好きなのだ。

 そもそも、俺はこのシステム自体が人間の心にあたるのではないかとさえ思っている。なぜ、これが人間の心になり得ないのか、俺は分からなかった。


「よろしい。座っていいぞ篠山」

「ありがとうございます」

「篠山はいいお母さんになりそうだな」

「何言ってるんですか……」


 そう言いながらにも、篠山は少し頬を赤くしながら席に着く。


「アンドロイドに心がないのは今、篠山の言った通りだ。」


 先生は二と書いてその下に、アンドロイドには心がないと記す。

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