第64話黒沢利樹と3人の殺人鬼

 薄緑の巨人は顔の前に現れた佳宏B目がけて、上段鉤突きを繰り出す。

岩石のような拳を避け、佳宏は大きな左目に突きを浴びせる。左目のゴーグルが割れ、真紅の液体が零れ出す。

巨人に変身している利樹は激痛に悶えながらも拳を連続で振るうが、残像を描きながら間合いを広げた佳宏Bを捕らえることはできなかった。

己を避けて落下する無数の雹を背に、念動力を叩き込む。


 薄緑の顔に長い亀裂が入った。

しかし浅い、皮膚を切っただけだ。利樹が口腔を開き、真紅の破壊光を放たんとした刹那、巨人の右肩を抉った。

利樹は膝をつき、佳宏Bは更に間合いを広げた。攻撃の正体は間もなく明らかになった。


 桑染色のミノタウロス、七神騎ランディだ。

彼は虚空を衝撃波により、踏みしめるように滑空すると佳宏と利樹目がけて不可視の飛び道具を投擲したのだ。

ランディは荒れ狂う暴風を問題にせず、鋭い連続回し蹴りを見舞った。佳宏Bは後ろに下がってこれを躱すと、雄牛の顔を見据えた。


「黒い翼!会いたかったぞ!」

「ランディも来たか!」

「私もいますよ」


 雹の降る灰色の空を弾丸のように飛ぶ、影が一つ。

ややウェーブかかった金色の髪に縁どられた顔は透き通るように白い。

切れ長の目は艶っぽく、茶色と緑色を基調とした狩人の装束に身を包んでいる女はセレスだ。

背中にバーナーがついているような前蹴りを利樹の胸にぶち当てると、方向転換して佳宏Bの隣で滞空する。飛行能力があったのか、と佳宏Bは内心驚く。


「セレス!あなたも来たのか!」

「えぇ。こんなに楽しそうな催しを聞きつけてはね。一度くらい顔を出しに来ても良かったのに、つれない人です」


 間合いを一歩広げたランディの前で、2人は談笑する。

足元の兵士やクラスメイトの事を忘れてしまったような、和やかな雰囲気が漂っている。


「エルフの女か。何をしに来た?」

「闘争を求めて来ました。ヨシヒロ、あなたは彼らと因縁があるのでしょう?私はその間、彼を相手にします」

「その後は…」

「分身が、幻獣界にいるのでしょう?それとも本体ですか」

「わかったわかった。美女に誘われたら、乗るしかないね!」



 打ち合わせを済ませた佳宏Bとセレスが飛ぶ。

セレスの飛び蹴りを食らって、紙礫のように飛んで行った利樹は、七帆らのいた地点の100mほど西で背中を丸めながら立ち上がる。

そこに声が届いてきた。クラスメイトの中に、獣や植物と会話ができる女子がいたはずだ。

利樹は自分が佳宏を抑えているうちに、クリフ皇帝を討ち取るよう思念を発する。言語能力が失われているため、伝わるかどうか不安だったが、相手に通じたようだ。

ユリス、オーシン達にはどれだけ犠牲を払ってでも、今日のうちに辿り着いてもらう。


(皇帝が倒れれば帰れる!こんなところで皆殺しにされるよりは!)


 それが最後の希望だ。

利樹は全滅の未来を避けるべく、七帆らのもとに急いだ。もっとも、当の佳宏B達は七帆の事など眼中に入れていないのだが。

見逃したのではない、死のうが生きていようがどうでもいい。強敵を見つけたというのに、雑魚に構っている暇はない。


 佳宏Bは既に、利樹との距離を十分に詰めていた。

顔を上げた薄緑の巨人に放たれるは、頭部側面を狙った左逆突き。

これほど体格が小さく、動きの速い相手に蹴りは使えない。寸前で躱した利樹はお返しと言わんばかりに拳を垂直に突き上げる。

佳宏Bは横に滑り、出血の収まった左目に雷撃を撃ち込む。脳髄に焼けた錐を突っ込まれたような激痛が、利樹を襲う。


 利樹は手甲から、パワーを迸らせる。

ミレーユ市攻略戦で解放軍を癒した技を、自分一人に集中させたのだ。

疲労が癒え、顔の亀裂が塞がる、痛みは消えたが、左目と右肩の抉られた肉は戻らなかった。


 佳宏Bは火箭を次々と放つ。

水泡の弾けた外皮が、あっという間に黒く焦げていく。

利樹は顔を歪ませながら轟音と共に飛び上がり、佳宏を誘うように曇天の中に突っ込んでいく。地上に害が及ばないよう、空中でブレスを浴びせる算段だ。

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