第63話急変する戦場―スギムラヨシヒロ出現―

 厚生はパワーハンドを展開したまま、吹雪の中を走る。

肥大化した右腕で佳宏Bの肩を掴み、冷気を流し込む。筋肉や胃腸が音を立てて凍りつく、常人なら即死するような状況だ。

佳宏Bも氷像と化して活動を停止。彼が身動きを止めたとみるや、厚生は手を放そうとして――離れなかった。


「!?」

「こほひほ…ひはは……ゲホッ、ゴホッゴホッ」


 真っ白に染まった佳宏Bが咳き込む。

佳宏Bは肩に置かれた厚生の右手首を手刀で砕くと、彼の懐に入る。

がらあきになった頭部に両側面から、掌底を浴びせる。挟み込むように両手で打つと、厚生の頭部が乾いた音を立てて砕け散った。

凍った血液や脳漿が氷片となって舞う。吹雪はまもなく止んだ。


 佳宏Bは大気に命令を下す。

篭手の男が教えてくれた、目覚めさせた。自分にも同じことが出来ると。

ならば彼以上の物量と強度を持って、戦場を呑み込んでやろう。バーハラ市南の空が急速に陰っていく。


「伝令!スギムラヨシヒロが出現!帝国と自軍を壊滅させた後、クロサワらと交戦中との事!」

「ヨシヒロ……が」


 利樹が腕の治癒を済ませる頃には、ユリス達も佳宏Bの襲来を知った。

そしてエイル2世は、彼がやってくることを数日前には予期していた。皇帝は主塔の窓から弟のいる方角を眺める。

ランディが近づいてくると、顔をそちらに向けた。


「やあ、先ほど念話でも知らせたが」

「あの男が来たのでしょう。利にはならぬでしょうに、放っておくとは理解に苦しみますな」

「そうでもないよ。被害は出ているが、彼自身は聖騎士の始末に夢中で、こちらに牙を剥く余裕はないようだ。あれこれ指図する気はない、欲する事を成すがいい」

「御意……」


 佳宏Bはダヌー市の南西で解放軍を見つける端から殺害していた。

帝国軍は後退し、佳宏Bに近づかないようにしている。彼らの頭上にも佳宏Bが呼んだ巨大積乱雲が広がりつつあった。

回転する鈍色の渦は、この時戦場にいた全ての人々の心に恐怖と驚愕を呼び起こした。神界の門が開いて使徒の軍勢がやってくるのか、それとも名も知らぬ邪悪な巨怪が大陸にある全てを呑み込まんと口を開いているのか?

膨張する灰色の雲は鼓動するように光を走らせる――稲妻が降った。


 気温が急降下し、激しい雹が丘と言わず川と言わずあらゆる場所に降り注いだ。

目を開けていられないほどの風が踊り、ざっと20の竜巻が制御を失った竜騎士を雷雲に持ち上げていく。

佳宏Bは頭上に広がる嵐に興奮し、声を出さずに大口を開けて笑みを作る。


 灰白の鎧男に言ったとおり、クラスメイトに恨みと呼べるほど湿っぽい感情はない。

社会に排斥されないためにひた隠しにしていた優越感が、強力な肉体と超能力がもたらす万能感によって、解放されただけだ。

今の佳宏Bは、ブレーキを踏むことなくバイクで峠を疾走する不良のようなものだ。


――楽しい!


 やるべきことで人のスケジュールを埋め尽くす日本での生活とは大違いだ。

佳宏は常に考えていた、自分が時間を忘れて熱中できる楽しいことがあるはずだと。未来も過去も忘れて昂ることのできる時間があるはずだと。

それはここにあった、朝目覚めるたびに気の向くままに歩いて行ける生活。 何の不安もない一日の、もっと先に行きたい!



 佳宏は七帆の前に立った。

傍にいたトミーが佳宏Bに斬りかかるがひらりと躱され、カウンターの横蹴りで右肺を抉られてしまう。

ぞぶりと刺さった右足を掴むトミーだったが、佳宏Bが小石を蹴るように足を振り上げると、垂直に飛び上がった。


「す、すぎむらくん……」

「七帆か。久しぶり」


 佳宏BはHR前に顔を合わせたように笑った。

彼女とは仲良くしてもらったが、特別扱いはしない。むしろ手に掛けた時にどのような感覚に陥るのか、楽しみですらある。

佳宏Bは押し潰すように迫る解放軍の兵士を蹴散らしつつ、七帆との距離を縮めていく。

そこに精神反応が急接近、佳宏Bは信号に気づくと慌てて距離をとった。


 佳宏と七帆の間に、大きな拳が割って入る。薄緑の巨人だ。


「おぉ、かっこいいな」


 佳宏Bは短く笑うと、翼を広げて飛び上がった。

巨人と佳宏Bの間には、大人と子供くらいの体格差があり、浮遊しないと致命傷を与えるのは難しい。

先に足を潰して動きを止める、という戦法も取れるが巨人の足ばかり見ていても、気分が盛り上がらない。

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