第62話ミレーユ城前で決戦、あえて言うなら史上最悪の修学旅行

 佳宏Bは旧ダヌー伯領、バーハラ市を望める林の中に潜伏していた。

もう一週間になるだろうか?帝国軍の部隊が城ごと現れた事を知り、近くでユリス達がやってくるのを待っているのだ。


(遅い遅い!)


 偵察の兵士を警戒しながら野宿する日々は、佳宏Bにとっても快いものではない。

葬送の陣によって何処かに送られた佳宏は、まだ帰ってこない。生きている事だけがわかる。

更に数日を無為に費やした頃、ついに待ち望んだ者達が精神探知の範囲内に現れた。クラスメイト達だ。


(あー、やっと来た。待ち過ぎてカビ生えたらどうしようかと思った!)


 佳宏は帝国軍と解放軍が衝突を始めた頃、林を駆け抜けていく。

体感で20秒も経たない内に、視界が開けた。佳宏Bは黒い翼を生やして空に上がり、最前線の真上に出現。

竜騎士軍は北上する解放軍の左手に向かって飛んでいる。


(あー、ゾクゾクする!よーし、行け!)


 佳宏Bは隕石のごとく地面に着弾。

轟音と土煙が空に上がり、一瞬、両軍の視線がそちらを向いた。

地上に落下する僅かな間にヤツデの戦斧を取り出し、土煙を突っ切って戦場に姿を現した。

縮地は使えない。未だに超速の世界についていけないからだ。佳宏Bは天狗に変身すると、クラスメイト以外の兵士を手当たり次第に四つ、八つに裂いていく。



 身体能力が向上するため、縮地には及ばないがかなりの速さだ。

付随する衝撃波で甲冑に亀裂が走り、転倒した者も数えきれないほどいる。佳宏Bが降り立った地点にいたクラスメイトは内田海幸 装甲に身を包んだ黒沢利樹 菊橋厚生ほか十数名。

佳宏Bは戦場に空白を作ると変身を解き、彼らの前に立った。


「久しぶりだねぇ!パーティーにしちゃ随分湿気た格好してるけど、もっとオシャレしたら~!」

「……」


 その場にいたクラスメイトは皆、絶句していた。

瞬きほどの間に四方にいた兵士の破片が小山のように積まれ、投票により追放したクラスメイトが現れたのだ。

現れた佳宏Bと、彼らが知る佳宏とあまりにも雰囲気が異なっている事も、彼らから硬直させた理由の一つだ。

いつもつまらなそうにしていた佳宏と、喜色満面で大きな戦斧を手に両腕を上げている佳宏B。こんなに大きな声で喋る佳宏の姿を、利樹たちは見たことが無かった。


「す、ぎむら……」

「おいおい、ビックリしてるならもっと驚いて欲しいな~」

「何しに来た?一度、俺達のところに来たよな?」

「何しに来たって、戦場なんだから戦いに決まってるじゃん」


 佳宏Bは海幸の前に立つと、胸に右拳を突き込んだ。

血濡れた右腕を引き抜き、膝から頽れる海幸の左腕を掴んで投げ飛ばす。

あまりの早業に現実感がない。佳宏が動き始める瞬間を目にできた者はいなかった。その場にいた中で最初に動き出したのは利樹。


「…ごめん」

「ごめん?勘違いしないで欲しいんだけど、みんなの事恨んでないよ。まぁ、舐められてることは分かったから、そこは改めさせるけど」


 厚生など、活動的な生徒がばらばらと押し寄せてきた。

大人しい生徒はまだ、怯えが抜けておらず徐々に逃げ腰になっている。佳宏Bは直線の動きで殴りかかってきた利樹を無視して跳躍、逃げ出そうとしていた男子の前に降り立った。

頭の先から臍まで戦斧で垂直に斬り開かれ、血を地面にぶちまける。


 利樹は佳宏Bに追い、彼に上段突き、中段蹴りを見舞う。

動作終わりを狙われた事に加え、利樹の存在を無視していた為、佳宏Bは紙礫のように吹き飛ばされてしまった。

長棍を取り出し、追撃を浴びせようとした利樹の右腕が切断された。佳宏Bはいつの間にか、すぐ近くに戻ってきていた。


 油断したわけではないが、佳宏Bの力は利樹の想像を超えていた。

けろっとした顔で向かってくる佳宏Bの顔を見ていると、敵意とは別の感情が湧いてくる。


「悪かったとは思ってる!草間あたりは気にしてないかもだけど、沢田や瓜生はずっと気にしてた!」

「別にどうでもいいよ。お前らなら気兼ねなく叩けそうだから叩いてるだけ♪その為に今まで待ってたんじゃないか!」


 佳宏Bはさも可笑しそうに言った。この一言が言いたいがために、顔馴染みのクラスメイトの度肝を抜くために彼はやってきたのだ。


「杉村ァ――!!」


 冷気が佳宏B目がけて迸った。

氷壁が逃げるクラスメイトを守るように隆起し、氷の槍と剣が佳宏Bに雨霰と降り注ぐ。

佳宏Bは氷の嵐を防ごうともせず、傘を忘れたみたいに冷気を放った生徒を目指して走っていく。


 利樹は逃げた。

沢田から貰った力で戦うためには、斬られた腕を繋げなければならない。

厚生が時間を稼いでいる間に、解放軍の修道士を見つけて、治癒の術を施してもらわなければ。

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