第61話受け継がれた巨人と炎の息
マルディとネイトにより、ミレーユ市城壁前は大混戦に陥っていた。
撤退か、このまま進むか?どちらにしても、被害は甚大だ。困難な戦場の中、灰白の装甲に身を包んだ利樹の視界が、別のところにスライドする。
教室だ。今はもう、遠い日の記憶にしか思えないクラスの風景。無人の教室で、利樹は独り生徒用の机に座る魁と向かい合っていた。
「沢田か?ここは…教室だよな」
「利樹。今、そっちはどうだ?」
「どうもこうもない。脱走した貝塚が敵になった、バカでかい蚊だのネズミだののお仲間になってな…」
「そうか」
「おい、ここは…」
魁の口調は静かだ。
反応が鈍く、まるで寝ぼけているみたいに思える。利樹は眉を顰めた。
「もう随分減っちゃったけど、悪いクラスじゃなかったよな?」
「何?…まぁ、イジメとかはなかったと思うが」
「うん。これからも大変だろうけどさ、諦めないでくれよ。頼む」
「そりゃ、そのつもりだが――!?」
利樹の視界が光に包まれる。光が晴れると、場所は教室から敵味方入り乱れる丘陵に戻っていた。
先ほど見たものは何だったのかと疑問を浮かべた瞬間、利樹は見たことのないものが奥底に宿っている事に気づく。
――『火剣の巨人(ブレス・オブ・ハイペリオン)』
何者かが返事を出してきたように、名称が浮かんだ。
利樹は不意に魁の安否が気になった。そんな馬鹿な、最後に見たときは確かに重症だったが、こんなにあっさり亡くなるものか。
戻らなければ、と焦燥に駆られるが、目の前の敵に対処するほうが先だと考え直す。
(借りるぞ、沢田!)
己が得た鎧『白鉄の闘士』を呼び出すように、新しい力に呼びかける。
変身の光が、灰白の鎧に身を包んだ利樹を呑み込んでいく。出現したのは身長4mほどの巨人。
人間に酷似しているがライトグリーンの皮膚を持ち、両眼窩は網の目状に凹凸するゴーグルで覆われている。
両目から顎に向かって落ちていたラインは消え、新たに目頭と目じりから、黒いエッジが飛び出している。
変化はそれだけに留まらず、胸には白に近い緑の装甲が広がり、両前腕部を剣をシンボル化したような甲殻が覆っている。
「サワダ!?」
「沢田君、来たの!?」
巨人に変身した利樹は、手甲に意識を集中した。
不可視のベールが解放軍に属する全員を包むと、彼らの血肉から疲労感が抜けた。
軽い傷は塞がり、彼らに胸に渦巻いていた不安感や恐怖が和らいだ。勇ましい気質の者は、早くも攻勢に転じる。
利樹は剣状の光を手から放出。
足元の人々を踏みつぶさないよう駆けていき、前脚で兵士を打ち上げている巨大エビを横薙ぎに両断する。
ネイトの変生が解けた。ダメージは反映されており、甲冑ごと真っ二つにされたネイトが足元に転がる。彼はまだ生きている。
「……」
利樹はミレーユ市城壁のそばから解放軍の兵士を狙い撃つ、マルディに向かって走り抜ける。
変生したマルディは全身を強固な甲殻で覆った、重騎士のような外見だ。
両腕の弓から組織の一部を変化させた矢を、サソリのそれを思わせる尾の先端から毒気の塊を放っている。
マルディの装甲は、ネイトの殻よりも頑丈だった。光の剣は頭部の装甲に弾かれ、カウンターの毒霧を浴びせられてしまう。
息を止められたような苦しさが利樹に襲いかかる。
左手で首を抑える利樹に、マルディの顎から立て続けに放たれた火箭が刺さっていく。
窒息したような感覚はすぐに消えた。見ると左ふくらはぎに、巨大な唇が吸い付いている。石原園枝(いしはらそのえ)の『病魔を吸う唇』により、毒霧の効果が治療されたのだ。
利樹はマルディを押し出し、光の剣を装甲の間に突き刺さんとした。
両手から物を掴む機能が失われているマルディは、首の隙間に光剣を刺した巨人に弓の接射を見舞う。尾の針が利樹の左肩甲骨に刺さる。
利樹はマルディを抱えて垂直に飛び上がると、口から極太の破壊光を放った。
利樹の変身が、逆転の鏑矢となった。
しかし、犠牲は大きい。陥落した王都ラウムがレイヤと魁の戦闘により壊滅。
城に残しておいた同胞の遺体が引き返した一部の兵士達の手により運び出され、沢田魁の遺体も発見された。
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