第60話怪奇!グリフォン人間

 ラウム城にいた魁は物音に目を覚ました。

悲鳴や轟音を聞きつけ、部屋を這い出る。レイヤの襲撃である。彼は変生を行い、王都に突入するや守備の兵士や市民を血祭りにあげ始めた。

いつもの修道士が、部屋から出ていた魁のもとに駆けてくる。


「魁さん!よかった…ユリス様たちの元まで――」

「どけ!!」


 魁は己の奥底に眠る力に呼びかける。

襲撃者の正体が草間玲也であることは把握していない。敵の正体を確かめる余裕などないし、何が起こったのかもよくわかっていない。

みんなの帰る場所が攻撃されている。今の魁にはそれだけで十分。


「サワダさん、止めて!」


 魁は城の窓から転がり落ちると、薄緑の巨人に変身。

宙に舞い上がった彼は、レイヤを体当たり気味に殴り飛ばした。

レイヤの姿も、変生により大きく変化している。薄緑の巨人と大差ない大きな身体は白い体毛で覆われ、両脚は獅子。

両肩から伸びる腕は鋭く長く、鷲の翼を象っている。翼角のあたりは蓮根の断面のようだ。


 平坦な胸からは、鉤爪の生えた小さな一対の腕が宙を掴むように突き出ている。頭部だけが女のような顔を留めており、まるでギリシャ神話のハーピーのようだ。


 魁はその顔を見た瞬間、相手が玲也であることに気づいた。

滞空した巨人の口元が驚きで歪むが、硬直したのは僅かな間だった。

レイヤの姿が掻き消えたからだ。同時に巻き起こる衝撃波。地上の民家が風に舞いあげられた砂のように踊り、街路に敷かれた玉石が千々に裂かれる。

その両翼は打撃と姿勢制御に用いられるもので、羽ばたきなど必要としていない。


 速度は凄まじく、胸の腕が薄緑の皮膚を斬りつける。

電動カッターを当てられたように裂け、斬撃を追ってやってきた衝撃波が魁を吹き飛ばした。

竜巻に洗われるように野営地が崩れていく。魁が腕を突き出す間に、レイヤは三度は鉤爪や翼で打たれている。

魁は剣を取り出し、連続で突きを繰り出す。常人の目には像が分裂したようにしか見えない百裂突き。

しかし、命中した刺突の数は、片手の指に収まる。


「いい気になるなよ!カイ!!」

「!」


 翼角のレンコンの穴から、突起が突き出た。

直後に射出。第一射を放ってすぐ、第二射が撃ちだされる。続けざまに放たれた20を超す組織片はミサイルのように宙を舞い、魁目がけて突進する。

その軌道たるや、誘導装置どころか頭脳を有しているとしか思えないほど変幻自在。弓の達人が放った矢の初速に匹敵するスピードで、上下左右に蛇行する姿は回避を試みる事すら億劫にさせる。



 魁は空中を飛び回り、捉えた羽弾に手にした長剣を叩きつける。

半分は巨人の剣戟をすり抜け、体表で炸裂。衝撃が刺さると同時に、巨人の身体のあちこちで火の手が上がった。

魁は顎を開き、熱線を射つがレイヤは軽やかに回避する。レイヤは回避すると同時に魁に接近、巨人の右上腕をすれ違いざまに切り裂いた。


 レイヤは方向を転換、地上の街目がけて急降下。

魁も割って入るように飛行。レイヤの軌道をそらし、その身体に組み付くが、あっさり振り払われてしまう。

身体にかかった負荷が無視できない量に達しているのだ。自由になったレイヤは、地上に降りると奇妙なステップを踊った。

逃げ遅れた市民が踏みつぶされていく。魁はブレスを吐きつける事もできず、長剣を構えてレイヤに斬りかかる。


 手応えはない。

レイヤはするりと間合いから逃れ、空に上がる。魁の剣が起こした突風、嵐となって吹き荒れた。

暗黒神の甲冑を媒介に、グリフォンと合一したレイヤは、魁の背後に回り込み、前蹴りで右足を突き込んだ。

厚い外皮が破け、脊椎を通って獅子の右足が、魁の腹から生えてきた。


(…これは)


 自分はこれから死ぬのだな、と魁は悟った。

しかし、このまま玲也に倒されるわけにはいかない。震える手で刺さった右足を掴み、前に伸ばすと逆手にした長剣で切断した。

殴打が止み、背後で耳を塞ぎたくなるような雄叫びが響く。振り返ると、陸に上がった魚のように跳ねるレイヤの姿が目に入った。


(今。やるんだ…)


 もう一度こいつが空に上がる前に。

魁は口腔を開き、火竜のそれに等しい熱量を誇るブレスをレイヤに浴びせた。体内に残った活力を全て燃やしているような、太く力強い光の奔流だ。

街が破壊されるとか、まだ生き残りがいるのじゃないかとか、そういった思考はこの瞬間の魁から抜けていた。

視界が陰る。無明の闇に落ちる刹那、魁は七帆の事を思い浮かべた。

彼女は無事だろうか?生き残ったクラスメイト共々、今の自分以上の危機に陥っているのではないか?


(誰か、守ってくれるようなだれか)


 それがひび割れていく薄緑の巨人の、最後の思考となった。

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