第59話迷う屍、神騎ネイト

 帝都ミレーユに残った宰相ノア率いる帝国軍と、ユリス率いる解放軍が丘陵で激突する。

兵士の練度はこれまで戦った中でも特に高く、帝都までの戦いを生き延びた戦士達ですら容易くは潜り抜けられない。

司祭達の呪詛による支援も強烈だ。視界を覆う霧が解放軍を包み込み、まるで位置がわかっていると言わんばかりのタイミングで、霧の向こうから兵士や放たれた矢が飛び出してくる。

同士討ちすら発生している。攻め込むこと所ではない。


 利樹は問題なく進むことが出来た。

『白鉄の闘士』を身に着けている彼の顔を覆うマスクが、視界を確保してくれている。魔法で起こした風で一時霧を掃う事はできるが、すぐに元の濃さに戻る。

術の本体を潰さぬ限り、ユリス達は悪くなった視界に悩まされる事だろう。クラスメイトがいなければ、恐らくユリスは撤退を命じていた。

クラスメイトが濃霧を起こしている司祭達を発見し、解放軍の兵士が彼らを叩くと霧が晴れていく。


 ノアはミレーユ市城壁の中から、解放軍が徐々に東に近づいている事を察知していた。傍らにはサムディが控えている。


「霧が晴れたか」

「私も出ますか?」

「ここにいたまえ。マルディだけではない、ネイトとレイヤが出ているのだ。十分ではないかな」


 サムディは城壁の外を見透かすように西に視線を送った。


 前進する解放軍兵士の耳に、空気を打つ羽音が飛び込んだ。

竜騎士か、と頭上を見る。飛んでいたのは鷲の翼に獅子の胴体を持つもの――グリフォン。


「おい、あれ…」

「嘘」

「来たか…」



 グリフォンの背中から、1人の戦士が降り立った。

海老の兜が変形し、頭部が露になる。貝塚根井斗だ。

ネイト、レイヤの死体は回収され、ヴァンドゥルディの手により修復されたのだ。

魔産宮を介した蘇生ではなく、死屍術を用いたアンデッド化により、動く死体となった2人は、鉄砲玉としてこの戦場で使い捨てられる。

グリフォンはネイトを降ろすと、ユリス達の後方に向かって飛んでいく。


「よぉ、久しぶり」

「久しぶりって…裏切ったくせに」

「おいおい、俺らが味方するような連中じゃないだろ?勝手に呼び出して、人殺しさせてさ。お前らもこっち来いよ」


 ネイトは兜で頭を包むと同時に、粗忽な雷剣を取り出した。

口にしながら斬りかかってきたネイトを、菊橋厚生(きくはしこうせい)が金属装甲で覆った両腕で弾く。

その腕は平素より一回り以上、大きくなっている。彼が得た能力は『唸れ、雹鎚の篭手よ』。周囲の温度を急降下させるパワーハンドだ。

稲妻と冷気が衝突し、周囲に靄が広がる。


「皇帝を倒せば帰れるって聞いただろ!」

「それ信用すんの?こっちならVIP待遇だぜ、こっち来いって」

「親はどうすんだよ!クラスの外に友達だっている…んだよ!」


 鉄拳と長剣が衝突する。

膂力の上では厚生のほうが上だが、振りかぶる動きがあるため、対処は容易だ。

巨大化した腕に慣れず、厚生が難儀しているという点もある。ネイトの身体が白い霜に覆われる。

人の頭ほどある巨大な拳が、凍り付いたネイトを貫かんと唸りを上げる。戦いには慣れた。もはや意識を無視して、身体に人殺しをさせることができる。


 拳がインパクトした瞬間、白いネイトが弾丸のように飛んできた。

厚生は身体を倒し、体当たりを逃れる。全身を包む冷気を掃ったネイトが装備した鎧が、溶けるように体に張り付く。

鎧と同化したネイトは、軽トラック並みの体躯を持つエビに変化した。


 エビと言っても、実際の姿はロブスターに近い。

厚い装甲で覆われた細長い体、目は人間のそれであり、2対の触覚は先端が電球のように光っている。

変身したネイトは巨大な鋏をハンマーのように振るい、触覚からレーザーを放って解放軍を攻撃する。


 その頃、魁は後方の陣地で天幕内に寝かされていた。考えるのはこれまで死んでいった級友たちの事。


――委員長のせいだよ。委員長があいつを止めてれば…。


 声のほうに顔を向けると、枕元に犬飼啓太が座っていた。


「犬飼…けど」

――そう責めなくてもいいじゃん、委員長一人なんてたかが知れてるし


 声が増える。

杉村佳宏だ。座っている彼の学生服はあちこち食い破られており、ズボンもジャケットも黒く染まっている。

2人は魁を恨めし気に見下ろす。魁は声を失い、2人の視線から逃れるように瞼を閉じた。


「沢田君。貴方のせいで杉村君、いなくなっちゃいました……」


 七帆の疲れ切った声色に魁はハッとなって、思わず瞼を開けた。

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