第58話人界と幻界、自由な天狗と臥せる巨人
「ちょっと使って見せてくれない?」
「いいですよ。じゃあ、支度しますので玄関あたりで待っていてください」
2人は居間を出て、玄関でハルトを待つ。
彼はすぐに来た。腰に鞄の付いたベルトを巻き、頭に鍔広のヘルメットを被り、先ほど見せてくれた銃を持っている。
「じゃあ、行きましょう」
佳宏達はハルトに先導される形でワンダの町を出た。
雨はまだ降っている。街を出て西に進むと、草木の少ない殺伐とした原野が顔を出した。
北の平野と違い土地の起伏が激しく、視界のあちこちで岩肌が崖のように突き出ている。
ハルトはパッケージを装着し、側面のレバーを引いて発射準備を整えた。
幻界銃は装備者から直接精神力を吸い上げているのではなく、パッケージに蓄積されたパワーを弾丸に変えて放つ。これにより、戦闘中に昏倒するリスクを抑えられるのだ。
歩いていると、剣を持った灰色の人影が3体姿を現す。ボルヤーグ……スライサーと呼ばれている種類だ。
「じゃあ、発射しますので見ていてください」
ハルトが引き金を引く。
空気が弾ける音が鼓膜を貫いた、銃声だ。イレーネは慣れていないだろうに、目を一瞬たりとも閉じる事なく銃を見ていた。
発射された弾丸はスライサーの頭部を貫き、通過した衝撃で首から上が爆ぜた。ハルトは銃口をスライサーに合わせ、引き金を引いていく。
ボルヤーグを全滅させ、彼らが立っていた位置まで進むと、玉虫色の結晶片が落ちていた。鏃ていどの大きさのものが3個。
「これがマクス?」
「はい。お一つ、どうぞ」
「ありがとう」
ハルトは残った2個のマクスをサイドポーチにしまう。
「銃についてはわかりましたか?」
「あぁ、ありがとう。他に聞いとく事ある?」
「ベンダーの使い方だ。後、泊るところ」
「ベンダーの使い方なら簡単ですよ。建物に入れば、向こうが声をかけてきますから、声に従えば大丈夫。場所は街の中央、尖塔が2本建っていますから一目でわかります。旅人は労働の報酬として宿を得るか、礼拝所か町長の家に泊まるかのどちらかですね…それじゃ、また!」
ハルトは去っていった。
懐から取り出した巡礼札は、矢印を浮かび上がらせ、南を差し示している。タブレット端末みたいだ。
「これからどうする?」
「どうするも何も、長居したくねーよ。さっさと出向いて帰るぞ」
佳宏とイレーネは宙に上がり、巡礼札の案内に従って飛ぶ。
彼らが幻獣界で目を覚ます前、黒い芋虫らしき物体が這っていた。
佳宏Bだ。自分の意志で行った事だが、熱線は想像以上に佳宏Bにダメージを与えた。腕の力だけで夜闇の中を進む彼を、イレーネが血を吸った分身達が拾い上げる。
21名は重なり合うと融合。1つになった佳宏Bは、佳宏の反応を探る。
(場所が良くわからない……欠片のような意識しか伝わってこないけど、死んじゃいないね。イレーネも一緒か)
佳宏Bは身が軽くなった感じを覚えた。
連れがいる旅も悪くないが、どうしても責任を感じてしまう。佳宏Bは今後の方針に思いを巡らせ、しばらく身を隠すことにした。
クラスメイトをびっくりさせるなら、皇帝エイル2世との決戦時に顔を出したほうがいい。
★
数日後、バルド王国を解放した解放軍は帝都ミレーユに歩を進めていた。
偵察に向かわせた兵士の報告によると、城壁の一部が溶け落ちているらしい。修繕が進められているとはいえ、未だ大穴は塞がっていない。
何があったかは不明だが、城壁の修繕を待っている謂れはない。解放軍は進行速度を速めた。
帝都ミレーユを睨む丘の前に、解放軍は急造の陣地を敷いた。
王都ラウムから帝都ミレーユまでは、1日ほどかかる。歩き通しで攻め込むより、相手の襲撃を待つほうがマシだろうとの判断から、疲労を抑えつつ進む事にしたのだ。
ユリスは前日、魁に待機命令を出していた。
バルド王国領、ラウム城の一室に寝かされていた魁は全身を汗で濡らしており、彼が部屋に入った時、傍につけておいた修道士が汗を拭っているところだった。
修道士は席を外そうとしたが、ユリスが制した。
「どうして……俺の力が」
「君の力が大きな助けになっているのは確かだ。しかしあの力は君に強い負荷をかけるらしい、まだ回復しきらない中で巨人に変身すれば、間違いなく命を落とすだろう」
「それだとみんなの…」
「それでも出陣するというなら、友達にそう伝えるんだ。…君達を戦場に招き入れてしまった身で言う資格はないかもしれないが、犠牲は出したくないんだ。それじゃ、安静に」
ユリスは言うだけ言うと、魁の寝ている部屋から出て行った。
魁はぼんやりとした顔でユリスの背中を見送ると、墜落するように眠りに落ちた。
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