第57話祭祀場帰りの男と幻界銃

 ハルトの家に向かう間、佳宏の頭には一つの疑問が張り付いてた。

ワンダの町には活気がないのだ。大人たちの間をすり抜けて走る子供の姿はないし、精肉屋の去勢された鶏の声も聞こえない。なめした革の臭気も漂っていない。

無菌室のような静けさ。佳宏は案内役が去った後、この気づきをイレーネに投げる。


「…お前、ここまで店、見たか?」

「店…わかんない。あったか?」


 エリンディアで見た街にあった商店は、たいてい通りを見渡せる位置に陳列棚を設けていた。


「それっぽい建物はないな。買い物してるらしいのは…あの2人連れくらいじゃない?」

「なんか気味悪いぜ。ここにいるやつら、普段何やって暮らしてるんだ?」


 ヒヤリとしたものが佳宏の喉元までせりあがってきた。


「なんか怖くなってきちゃったよ」

「とっとと話聞いてから、出るぞ。もう……」


 扉の前から、ハルトに呼びかける。

すぐに返事が聞こえ、扉が開いた。家主はやはりボディスーツに身を包んだ、若い男だった。


「人界の方々ですか。どのようなご用件でしょうか?」


 居間に通された佳宏は用向きを告げる。

人界に帰りたい、という点は隠して、祭祀場までどのように赴き、帰ってきたのか尋ねる。

前者の要求について、ハルトは役に立たないだろうと佳宏は踏んでいる。


「そもそも何があって、テソヴァの祭祀場に?」

「あぁ、今となっては恥ずかしいことなのですが。私は恋慕している女性がいたのですが、結婚を申し込んだところ断られてしまったのです」

「どうして?」

「弟と交際していたのですよ。とんだ間抜けですね」

「おふ…」




 イレーネは意地悪そうに口の端を僅かに吊り上げた。ハルトに分からぬよう、笑いを噛み殺したのだ。


「ところが、当時の私はそう思えなかった。エレーンの情を勝ち取った弟が憎かった。そのため、死と嫉妬を司るテソヴァの祭祀場に参拝することにしたのです」


 テソヴァの巡礼札は、黄の街ディーネで手に入れたそうだ。

持ち主であった男の自宅の修繕作業の報酬として、巡礼札を手に入れたハルトはワンダ渓谷を越え、不潔な蚊の巣を通ってテソヴァの祭祀場にたどり着いたのだ。


「そしてテソヴァ様は私の願いを聞き入れ、弟を呪殺しました。もっとも彼女の気持ちは私には向きませんでしたが。法廷に引き出される前に、私はヘレネの町を出ました」

「それは犯罪なの?」

「もちろん、犯罪です。直接手を下さなくとも、我々は幻獣の力を感じ取れますから、捜査すれば私に疑いがかかるのは避けられないでしょう」

「そこはもういいや。何、持ってった?」

「武器と食料、それから野営用の簡易住居ですね」

「?――どこで手に入れたの」


 殆どベンダーから手に入れた、とハルトは答えた。

ボルヤーグを倒すと幻想の残滓「マクス」が手に入る。これを持ってベンダーに赴くと、欲する品を生み出すことが出来る。

幻獣界では商売らしい商売は行われておらず、皆、共同農場で自分の食べる分を育てて、日々の糧を得ているらしい。

作物を得ずとも、マナを飲んでいれば飢えも老いもしない。マナには精神を鎮める効果があり、争いはあっても、殺人まで発展することはないのだそうだ。


(ひょえー!どうりでのんびりしてるっていうか!?みんな、親切だと思った!)


 通行人の態度は柔らかく、ワンダ町長に至っては無料で巡礼札をくれた。

ハルトの身の上を聞くに争いは存在するようだが、地球やハレン大陸の人々に比べて、のんびりと日々を過ごしているのだろう。

佳宏がダメもとで旅に使っていた装備を見せてくれるよう頼むと、家主は快く持ってきてくれた。


 彼が使っていたのは、細長い金属の筒だ。

端に丸い口が開いており、逆端はやや反りのあるグリップで塞がれている。

グリップの上部には突起がついており、底に行くほど幅が太くなる。グリップの底には鍬を思わせる3本の歯がついており、打撃武器としての用途も想定されているのだろう。


(これ……)

「銃?」

「じゅう?」

「おや、ご存知ですか」


 ハルトは銃の名前を聞き、静かに目を丸くした。

幻想――精神力を固形化し、射出する武器であり、弓矢より貫通力がある反面、発射の際に音がするのがネックだ。

イレーネにはその価値がわからなかった。音が出るなら、暗殺などには使えない。特に彼女の場合、手で投げるだけで弓から放たれた矢以上の威力が出せる。

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