第56話町長とお話ししましょう
ややあってから、扉が声を発した。
「あ、あの町長に会いたいんですけど、予約とか要ります?」
「いえ…」
扉がゆっくりと開かれ、若い男が顔を出した。
佳宏は彼もマナを飲用しているのだろうか、と感じた。ひょっとしたら見た目より年を取っているかもしれない。
疑問は湧いたが、確かめるほどの興味はない。
「応接間に案内しますので、そちらで少々お待ちください」
佳宏達は、玄関扉から入って左手の小部屋に通される。
中央に机があり、入口の正面にある壁に棚が埋め込まれており、中には用途不明の金属板が置かれている。
3人掛け程度の椅子が、机を挟んで向かい合っている。パイプ椅子に似た、如何にも長時間座るのに適さないだろう質素な姿だ。
部屋にはまだが一切なく、天井近くに換気口と思しき穴が開いているだけ。
1分経ったか経たないかの頃、入口から先ほどの男に案内されて応接間にやってきた。
やはりボディスーツを身にまとっているが、通行人の着ている者より装飾が多い。両腰にポーチをベルト留めし、肩には無数の紐が垂れ下がった飾りが付いている。
頭には扇形の冠を設けた帽子を被っている。
「おぉ…人界人(じんかいびと)を見るのは久しぶりだ」
「じんかいびと。こっちの人はなんて言うの?」
「幻界人(げんかいびと)。それで…」
「アタシら帰りたいんだよ、帰り道知ってるなら教えてくれ」
薄々察していたが、直通で帰る手段はないらしい。
幻獣界と人間界の境にある都クレジアに赴くか、幻獣の祭祀場か住居を訪れ、彼らに帰してもらうくらいしかワンダ町長の心当たりはないそうだ。
「遠い?」
「私には何とも。町の南に、テソヴァの祭祀場から帰ってきたハルトという男がいますから、話を聞いてくるといいでしょう」
「あっちに行けだの、こっちに行けだの…ほかに言ってない事ないよな?」
イレーネの声に棘が混じる。
「祭祀場に向かうには、巡礼者であることを示す札が必要です。それが無くては、幻獣が招き入れてくれません」
「どこで手に入る?」
「私が出しましょう。少し待っていてください」
町長と案内役の男が出ていくと、イレーネは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
しばらくしてから、町長は2枚のスマホ程度の大きさの金属板を持って戻ってきた。
金属板は平たく、一方に刻印が焼き付けられている。
「エンタリィの巡礼札です。お使いください」
「おい、名前が違うぞ。テソヴァじゃないのか?」
「私が用意できる巡礼札は、エンタリィのものだけです。巡礼札は、対応する祭祀場への道しか示さないので注意してください。ハルトはヘレネの町から移ってきた男なのです」
「やっべ……あぁ~」
面倒臭ェ、という一言は呑み込んだ。
「祭祀場に詣でるなら、ボルヤーグに気を付けてください」
「ボルヤーグって何ですか?」
「明るい幻想である幻獣と対立する、暗い幻想から生まれた者達です」
佳宏とイレーネは渋い顔でワンダ町長屋敷を後にした。
町長はこちらが不案内であることを察し、下男の中年男性をガイドにつけてくれた。
情報源としてはさして役に立ったとは思えないが、気が利く人物だ。文句をつけなくてよかった。
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