第55話佳宏とイレーネ、幻獣界へ
佳宏は顔にかかる雨で目が覚めた。
身を起こすと、そこはミレーユ市の城壁前の丘陵ではなく平野。イレーネの肩を揺すると、彼女は瞼を開けた。
「おい…どこだココ?」
「わかんない。目ぇ覚ましたらここにいた」
「はぁ?今度は何だよ、もう…。今、昼か?」
空は鉛色、視界の光量から判断するなら今は昼だ。
雲がかかっているのではない。時折稲光のような閃きが走る。
佳宏はハッとなったが、イレーネは平気そうだ。彼女自身、その事態に気づいているのか困惑したような表情を浮かべている。
「とりあえず人のいるところに行こう」
佳宏は念力でイレーネと自分を雨から守る。
風邪を引くかどうかは甚だ疑問だが、このまま雨に打たれても着衣を濡らすだけであるし、得することはない。
2人は共に飛翔し、雨を凌げる場所を探して進む。木の一本も見当たらない平野は佳宏ですら寂しい気持ちになる。
動物も見当たらない。精神感知の腕を広げ、反応が引っ掛かることを期待する。
「?妙なやつがいる。人間じゃない」
「魔物か」
「多分」
「ならほっとけ。お話しできないヤツに用はねぇーのよ」
進み続けると、前方の地面に反応の主が姿を現した。
全身を鎧のような外皮で覆った四足の獣だ、サイのようでもあるがシルエットはオオカミ。鎧狼だ。
15分ほど飛行すると、密集した建物群が目に入った。
「街だ」
2人は街の入り口に降りる。
通りの左右に箱形の建物が並んでいる。外壁には凹凸がなく、屋根は一様にドーム型。
エリンディアや日本では見たことのない建物だ。路が全て舗装されている。
通りを歩いている人々も、初めて見る。身体にぴっちりと張り付いた、継ぎ目のないスーツを着ている。
街全体にアーケードのような透明な幕が張られており、雨は入ってこない。
イレーネが2人連れの女を捕まえて聞き込みを行う。
桶を提げた彼女達はここがどこか尋ねられると、幻獣界だと答えた。
「幻獣界?なにいってんの?」
「…貴方たち、人間界から来たんでしょう?エルフの匂いがするもの」
「あぁ!召喚獣かー!」
女達は歩きながら、親切に説明してくれた。
これからマナを汲みに行くそうだ。マナ、というのはこの土地で飲用されている液体であり、滋養豊かで不老長寿をもたらすらしい。
一口飲むだけで腹が満ち、汲んでも濁ることがない神秘の水。
2人連れが言うには、エリンディアは人間界、幻獣界、神界の3つに分かれている。
幻獣は過去・未来・現在を生きるものたちの幻想から生まれた生命だ。彼らが支配する幻獣界も、同様の性質を帯びている。
こちらにも人間は住んでいるが、人間界の人類とは性質が異なるはずだそうだ。話しぶりから判断するに、女達はそのあたりの差異に興味がないらしい。
ちなみに佳宏達が現在いるのは、黒の町ワンダと呼ばれている。
「で、どうやったら元の世界に戻れる?」
「さぁ…町長に聞いてみては?ワンダの西にある、黒い屋根の屋敷に住んでいますから」
「西の黒い屋根?ありがとう」
女たちに礼を言ってから、佳宏達は町長屋敷に向かう。
10分歩いても見当たらなかった為、痺れを切らしたイレーネは蝙蝠に変化して空に上がる。
空に上がった彼女を追って、佳宏は走った。イレーネが姿を消した一角に、女が言ったとおりの建物があった。
塀は存在していない。佳宏達は固く閉ざされた金属扉を叩くが応答がない。蹴りを浴びせるイレーネを制止し、佳宏は脇から延びる紐を引っ張った。
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