第54話吸血鬼と天狗を葬送
エイル2世、宰相ノアの両名も佳宏の変身は把握していた。
2人が遠隔視する中、精神エネルギーを纏った赤銅の拳を佳宏は放つ。ランディも神経を研ぎ澄ますが、残像すら追い切れぬかもしれぬ超速の突進に回避には移れなかった。
ランディは拳を打つ。巨大な銅像を打ち鳴らしたような音と痺れ。
(何と重い一撃だ!)
骨まで揺らす衝撃に、ランディが目を丸くする。
拳骨が砕け、ランディの右手は竹箒の先端のように裂けた。
佳宏はこんな一撃を三、四発連続で放つと、小蠅のようにランディの死角に回る。
ランディは旋風のように左側面に回った佳宏の一撃を受け流し、左掌打で黒翼の魔人を吹き飛ばす。
一人目を凌いだランディに、佳宏Bが間髪入れずに襲い掛かってきた。
(一人ずつとはな……何を考えている?)
右手から流れる血を目晦ましに使い、ランディは佳宏B目がけて貫手を繰り出す。
寸でのところで、佳宏Bの黒翼が腕のように動き、牛頭の巨人の左手を絡めとった。大蛇のように締め上げてくるが、2人の体重には大きな開きがある。
「そーれ!」
投げ飛ばそうとした刹那、気の抜けた声が後ろから届いた。
オレンジの熱線が走り抜け、ランディと佳宏Bを踏み潰して夜の彼方に消える。
死んだかな、と思った天狗を象った佳宏が近寄る。佳宏Bは死んではいないが反応は弱々しく、火のついた薪のようだ。
巨躯が炎に包まれ、蹲っている――不意に左腕が動いた。ランディは左手で佳宏を掴むと、力の限り締め上げた。
「あ、生きてたんすか…」
「あぁあ……ぬぅぅ」
握りつぶされるか、と佳宏は危惧した。
同時にイレーネの反応が、佳宏の意識に滑り込んできた。
(逃げられたの!?)
今は気にする事ではないか。
念力を爆発させ、ランディの左手から逃れる。両手を潰されたからか、撤退を選択したようだ。
解放された佳宏が城の北に顔を向けると、霧が集まってきた。霧は集束し、人型をとる。
「ヨシヒロ!おまえ、どういうつもりだ!?」
人型の霧に目と口が現れ、佳宏を怒鳴った。
霧は血と肉、装備を形作り、まもなくイレーネが姿を現した。
「イレーネ辛そうだったしさ、気にしながら戦えないし。分身は」
「血ィ吸ったら動かなくなったよ。ったく…」
イレーネは炎上するミレーユ市を眺めた。
城壁の向こうは酷い有様だろうと、確かめに行かずともわかる。
城壁を視界に収める前から身体が近づくことを拒絶していることから、クリフ教は存続しているようだ。
知らぬ間に皆殺しにされてはたまらない、それでは溜飲が収まらない。
「行く?」
「あぁ…どうっすっか――!?」
突如、2人に巨大な圧力が覆いかぶさった。
不可視の縛鎖に、四肢と首を絡めとられたみたいに動かない。佳宏とイレーネは息苦しさを覚え、思わず膝立ちになった。
困惑はしていない。敵の襲撃、と2人は判断すると油断なく視線を周囲には走らせる。佳宏は念力を全身から迸らせ、イレーネは霧に変わるよう己の身体に命じた。
「あぁ…クッソ!なんだこれ、いう事聞かねぇ!」
2人を囲むように、魔法円が出現。
不吉な予感を得たが、重しをつけられたように動かない。上体を起こしているだけでも辛い。
魔法円が不吉な輝きを発すると、2人は光の中に呑み込まれる。光はすぐに収まった。佳宏とイレーネは、魔法円と共に姿を消した。
「成功しましたな。おかげで解放軍には使えなくなりましたが」
ミレーユ城。
宰相ノアが伏せていた手札の一つ、エスラの葬送(フューネラル・オブ・エスラ)の陣が切られたのだ。
一度発動するたびに魔法円が消失するのが欠点だ。刑死者の遺骨20と小瓶1本分の健康なスズメバチの毒、赤ん坊1人分の重さのトリカブトを混ぜた薬液を用意し、新月の夜に魔法円を敷かねばならない。
さらに雄牛の生贄まで用意しなければならない。解放軍が順調に進軍するなら、もはや再設置は間に合わないだろう。
「言うな、ノア。彼らはそれだけの相手だ。ユリスとて、ミレーユの半分を焼いたりはしない」
「確かに。陛下、ミレーユを捨てて、落ち延びください」
「それだけはしたくなかったが、この状況では仕方ないか。逃げ道は北かな」
「えぇ、東はエルフが抑え、西からは弟君。南ではトカゲどもの大攻勢。北よりほかに道はありません」
エイル2世は近習に命じ、近衛兵に招集をかける。
命令を受けた近衛兵たちは、30分ほどで城内に皇帝の指示を伝える。
「私が残り、弟君を迎え撃ちましょう」
「…貴公にはゆくゆく世話になるな」
ノアと彼に率いられた騎士たちがミレーユ城を退出。
城全体が震えた。腹の底を突き上げるような浮遊感、城の底部分が植物の根のようなものに持ち上げられているのだ。
推力が発生し、ミレーユ城は垂直に飛び上がった。エイル2世は城ごとミレーユ市を脱出する。
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