第53話赤ら顔の大天狗、エリンディアに降りる

 2人きりの戦場に、羽ばたきが近づいてきた。

ランディは佳宏を警戒しつつ、空を見上げる。戦斧を振るい、念力を飛ばすが片手で弾かれてしまう。

とはいえ、ランディも無傷とはいかず、これまでの戦いで少なくない裂傷を負っていた。

近づいてきたのは、鷲と獅子を混ぜ合わせた獣に跨った2人の鎧兵士だ。


 騎手の後方に乗っていた海老頭の兵士が、まだ飛行しているグリフォンから飛び降りた。

海老頭の兜――ネイトは粗忽な雷剣を掌中に出現させる。迸る稲妻が、甘えるようにネイトに絡みつく。

グリフォンの騎手であるレイヤが魔獣に命じると、グリフォンは頭を下げて降下の姿勢に入った。

ジェット機のように空気を切り裂き、接近してくるグリフォンを避ける佳宏の身体が、突風に持ち上げられた。


 背中に畳んだ黒い翼を広げ、佳宏も空に上がる。


「ぬぅっ…、此奴ら」


 ランディには見覚えがないが、彼らが身に着けているのは自分と同じ暗黒神の理力を込められた鎧だ。


――ユリスが招いた異邦人に鎧を被せたものだ。彼らと協力し、ヨシヒロを討て。


 助力など頼んでいない、ランディは不満だったが口には出さない。

ランディは右腕を振りあげ、衝撃波を撃つ。サイドステップで避けた佳宏の前に跳び、ドロップキックを繰り出した。

蹴り飛ばされた彼は小石のように飛んでいく。トドメを刺すべく佳宏を追うランディの背後に、佳宏Bが現れた。

ランディは出現に気づいたが、無視して前方の身体に向かう。


 佳宏Bは戦斧を呼び出すと、レイトとネイヤをそれぞれ十字に斬り刻んだ。

衝撃波をばらまく牛頭に比べ、なんと手応えのないことか。ネイトの稲妻は痒く、レイヤのグリフォンによる騎乗突撃は目で見てから避けることが出来た。

兜を脱がすことなく、佳宏Bはランディのもとに飛ぶ。彼らが誰か、佳宏Bは興味が無かった。顔を見ても、名前まではわからなかっただろう。




 ランディは佳宏の頭に拳を突き入れ、胸を潰す。

常人なら致命傷になるような怪我を負わせても、この男は死なない。分身を作られる前に倒しきる必要がある。

佳宏は硬い。甲冑に身を包んだ兵士を一撫でで肉片に変えるランディの攻撃を6発。佳宏より先に地面が崩れだす。

戦斧を取り落とすも、佳宏は負けじと拳を浴びせる。


 恨めしくなるほどの頑健さ。

首を失ってなお、佳宏には周囲の様子がありありと感じ取れた。

殴られる度に宙を舞う佳宏だが、意識は冴えている。首と心臓を潰して立ち上がった佳宏は、KO寸前のボクサーのようだ。

どうすれば死ぬのか、困惑しつつもアッパーカットを浴びせんと突進するランディの側頭部に、戦斧が突き立った。


 佳宏は膝から地面に崩れ落ちる。

座り込んだ彼をちらと見てから、佳宏Bはランディに打ちかかる。牛の頭部に右フックが命中。

巨体を横倒しにする威力にランディは一瞬、意識が遠くなるのを感じた。空中で腕を振り切った佳宏Bは翼を一打ちしてその場から離脱。


「次は貴様だ、分身!」


 物理的な威力を伴ったランディの咆哮。

高空をとっていた佳宏Bは頭の位置からおよその軌道を予測。サイドに位置をずらして透明なブレスを回避。


「俺もいるぞ!」


 佳宏の傷ついた首から、赤黒い組織が生えていた。

口、鼻、目が見る間に形成されていく。顔を向けたランディが一歩動くより早く、赤い嵐が佳宏を中心に巻き起こった。

皮膚は赤銅色に染まり、逆立った髪は剣山のごとく。瞳は狂暴な黄金に輝き、両目尻は虎のごとく吊り上がり、口は目尻のあたりまで裂けている。

筋肉量が全体的に増大しており、異形と化した佳宏はがっしりとした両足で大地を踏みしめた。


 着心地より丈夫さを重視した旅装束は肉体と同化し、赤と白の甲殻となって胸や肩、脛に広がっている。

人間の姿をとどめていた佳宏が、その外見すら投げ捨てた事が一目でわかる。


「すぅげぇ!!どうやったの!」

「知らん!こいつにできて俺にできないわけないだろ!」

「そりゃそうか!ハハハハ――!」


 佳宏Bは哄笑をあげた。

生え揃った歯は人間のそれから、鮫のように獰猛な牙に変化していた。

双眸が蛍火のごとく光を発し始め、まもなく佳宏Bも同様の姿に変化を遂げる。

2人の佳宏の手にはヤツデの葉を象った戦斧、背中にカラスの翼を大きくしたような黒羽を生やした姿。古代の日本人が今の彼を見たら、恐らく天狗と思うだろう。

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