第65話 ランディ対セレス戦

 一方、セレスとランディも徐々に七帆達から距離をとりつつあった。

ランディが腕を振り上げると、津波のごとく地面がめくれ上がる。行動が終わる寸前、ランディは円を描くように宙に浮くセレスの側面に回る。

セレスをハイキックで撃ち落とそうとした彼の視界で、彼女の姿が掻き消えた。


――!


 ランディの首に強打が刺さる。

打たれた勢いで身体が傾ぐ。ランディは勢いに逆らうことなく、サマーソルトキックを放ちながら、体勢を立て直した。


「あ”!ごほっ……」


 咳が止まらない。

胸を伝う濡れた感覚、喉が穿たれたのだろう。


「先手は頂きました」


 死角でエルフの女が優しい声色で言った。

些か屈辱ではあるが、この程度の傷はすぐに塞がる。屈辱よりも、喜びのほうが大きかった。

これまで戦った中では特に線の細い敵だが、これまで戦った中で特に鋭い突きを放つ女だ。


(なんという時代だ。この俺が殺せる強者が、2人……陛下を含めれば3人か)


 ランディは声の方に振り返りつつ、裏拳を放つが虚しく空を切るのみ。

しかし、彼に不満はない。それどころか、その胸中には歓喜と興奮が満ちている。

強い弱いなどさして関心はない、何も考えずに殺し合いのできる相手を探しているだけ。

暗黒神の名のもとに国を獲った魔術師から鎧を受け取る前からずっと、勝敗など狗に食わせればいい。


(今がそうなのか?俺の死力を尽くす時はここなのか?)


 生の実感と死の足音。

それを夢想するだけで、ランディの心が熱を発し始める。



 ランディはセレスの右ストレートを、揺らめく炎のようなフットワークで躱す。

密着状態をつくり、殆ど間を置かずに左掌打。手応え、戦いが始まってから、最初に入れた一撃。

さらに掌から放たれた衝撃波が、セレスを空気を抜かれた風船のように吹き飛ばす。舞い飛ぶセレスの全身を、岸壁に激突したような衝撃を襲った。

セレスは目を瞠りながら、興奮の微笑を浮かべる。


 ようやく本番だ。

自分が手こずるほどの強敵を己の手で引き千切り、蹂躙する。この瞬間のためにセレスは生きている。

全力疾走で距離をつめたランディの隣を通過すると、セレスはクラスメイトでは軌跡すら目で追えない速度で、右肩の付け根に踵落としを浴びせる。

断頭刃のような切れ味の踵落としは、ミノタウロスの右腕を切断する。


 大気を踏みしめ、セレスはランディの右手から離れる。

セレスは大気に呼びかけ、無数の風の剣を射出した。その威力たるや、妖刀の如く。


「貴様!貴様も俺と同じ技を!?」

「貴方の技など知りませんが、似たようなものなら確かに使えます」


 ランディ地を蹴るが、全て避けきることはできない。

悟ったランディは筋肉の収縮によって身体強度を高めるが、風刃は筋肉を裂き、骨の寸前でようやく止まった。

ランディは踵落としで斬られた右腕を拾い、右肩の断面にあてる。右腕は繋がった。動きはするが感覚が戻らない。


(完全に繋がるまで時間がかかるか……)


 腕を繋げた時点で、風刃による負傷は塞がった。

ランディは右腕をかばいながら、左腕で突きを連続で繰り出す。

衝撃波でリーチを伸ばして放った突きの、心臓と脳を狙ったものはフェイント。本命は腹部目がけての一撃。

振るった腕が3本、4本に分裂したようなスピードで奔った拳を、セレスは拳で全て打ち落とした。


(!?)


 セレスは拳が途切れた隙をついて、一気に距離を詰めた。

右目と左肺に妖刀のごとき魔拳が刺さる。咆哮と共に衝撃波を撃つ――刹那、ランディの上半身が八つに切り裂かれた。

文字通りの八つ裂きになる瞬間、ランディの目にはセレスが5人に分裂したように見えた。

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