第5話城塞都市ナックル攻略

 徒歩で1週間、新しい肉体故か佳宏の身なりにはあまり変化が無かった。

流水で洗うばかりの衣服の草臥れ具合とは異なり、髪や髭は放り込まれた当時と比べて殆ど変化がない。

日が傾いてきた頃、小高い山の上に行く手を阻むように広がる城壁が見えた。

タッカー地方との境に建設された、ルービス地方東端の都市ナックル。対エルフ、対ピクシーの砦の役目を担う街だ。


 街から数百m離れた森の中に、無数の気配を感じる。

佳宏は行き先を変え、平野の一角に腰を下ろすと成り行きを見守る事にした。

森の中に潜んでいる一団は、平野に座り込んだ佳宏の存在に気づいていた。一様に麗しい顔立ちをしており、耳が長い――エルフである。

タッカー地方に根を伸ばしつつある人間帝国を撃退するべく、中隊規模の戦力を進軍させたのだ。

不老長寿であり、その数は人間に比べると少ない。領土の防衛を考えると、このくらいの数が限度だ。


 その中で佳大に注目している者が、独りだけいた。

外見年齢は二十歳程度、ややウェーブかかった金色の髪に縁どられた顔は透き通るように白い。

切れ長の目は艶っぽく、若草色とクリーム色を基調とした旅装束からすらりと伸びる腿は、駿馬を思わせるしなやかさだ。

彼女は佳大が動かないと見ると、ひとまず彼から意識を外した。


 窓から顔を覗かせた見張りの頭部を、先発隊が射抜く。

矢は風に乗り、複雑な軌道を描いた。注視していた佳宏も精神の反応で状況を理解し、動く。

エルフの中隊と佳宏が飛び出したのは、ほとんど同じタイミングだった。


「セレス様!」

「放っておきなさい。クリフの兵士でもないようですし、敵に回すような真似は避けるべきです」

「はぁ…、ですがせめて監視を」

「お願いします」


 佳宏は都市に入り込み、状況を静観。

彼らは夜襲をかけたらしい。望楼を落とした彼らは領主の城館に向かい、真っすぐに進んでいく。

襲撃を察した都市側も兵士を吐き出し、敵がいると思しき街に部隊を動かす。


 佳宏は駆け出し、城館に通じる門前の広場に降り立つ。

戦斧や長槍を装備した、重装の歩兵達は突如現れた青年に警戒を向ける。


「お前か…襲撃者は?」

「クリフの領土に踏み込んだ蛮族め、生きて帰れると思うな」


 一手目を迷っているうち、前列の歩兵が槍を打ち下ろす。

佳宏は思わず飛び下がり、風の槍衾を突き出した。圧縮された大気は弾丸となり、厚い甲冑を貫いて鎖帷子を砕いた。

部隊の左手に回り、佳宏は突進。腰回りを覆う板金を一撃で砕く中段突きで1人が犠牲になるも、左右の兵士達により突き倒されてしまう。

両肩と頭部に穂先が突き込まれ、寝かされた佳宏の身体から不可視の渦が巻き起こり、重装兵士の群れを薙ぎ払った。


 刺された槍が半ばから折れる。

風刃によって断たれた柄を摘まみ、ずるりと引き抜く。指で確かめると頭蓋に穴が空いていた。

なぞっていた指を、真新しい細胞組織が押し出す――何たる回復力だろう。


(知りたい、俺はどうなったんだ?)


 俺はどこまで出来るのか、知りたい。

佳宏は落ちていた長槍を拾い上げ、目の前の小さな門に向かう。

四角形の塔に挟まれた重厚な門は開かれたままになっており、難なくナックルの城館に飛び込むことが出来た。

館、といっても屋敷ではなく、様観は戦闘を砦そのものだ。門を通り抜けるとすぐ、半円形の空間に出る。

真っすぐ前方に跳ね橋があり、今は持ち上げられており、通れそうにない。ナックル城の本丸を囲う城壁の上に、弓兵が多数控えており、彼らは佳宏を発見するや否や、矢を放って来た。


 佳宏も負けじと大量の火球を出現させ、ミサイルのように撃ち出す。

炎が唸りを上げ、城壁の上に着弾。立っている弓兵達を舐め尽くした。跳ね橋と門の間には、空堀が設けられている。

降りるか、と考えた途端、背中に違和感を覚えた。


 黒い羽の塊が、衣服をすり抜けて背中から飛び出した。

羽の塊は帯のように長く、地面を一打ちすると突風と共に、佳宏を宙に持ち上げた。

夜空に高く飛び上がった二足の烏は城門の頭上を越えると急降下、回廊を目指す。城内に潜んでいた兵士が矢を射掛ける。

炎の渦が迫る矢を焼き尽くすが、熱の壁を雷撃が貫いた。佳宏は鉄槌で打たれたような衝撃を受け、篝火の焚かれた中庭に落下した。

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