第4話ドーター市退去

 夜警の兵士達は佳宏に向かってドワーフ達を蹴り出し、剣を抜いた。

佳宏は彼らを飛び越し、数十の火箭を浴びせる。熱球が夕立のような勢いで降りかかり、鎧を貫く。

皮膚に鎧下が張り付き、四肢から感覚が抜ける。繰り出された篝火から火が移るが、佳宏は怯む事無く前に出る。

胸当てが素手の一突きでひしゃげ、心臓が破けた。手首を引き抜く手間すら惜しい、佳宏は兵士の身体を盾に使い、突撃する。


 風が不可視の車輪となって、踏み固められた砂利を巻き上げていく。

重度の熱傷により、動きの鈍った兵士を圧倒していた佳宏だったが、7時の方向から飛んできた矢に喉を貫かれたとあっては、たたらを踏む。

増援の夜警の中に、弓矢を持っていた者がいたのだ。逃げ出したドワーフに構う事なく、矢が宙を翔ける。

続いて2本目が左腰を抉り、3本目以降は全て学生服を切り裂くだけだった。


「い”、い”は”い”じゃない…」


 佳宏は楽しそうに笑いながら、首の後ろに手を回し、矢を引き抜いた。

異物が身体から抜けていく感覚に、思わず声を漏らす。傷は口の端を吊り上げると同時に塞がった。


「ひっ……」


 兵士達は恐怖に駆られ、棒立ちで矢を番えては射る。

強度を増した佳宏の身体は矢の雨を弾き、距離を詰めた彼は夜警の顔面に指を突き込む。

田舎の兵士ゆえ、纏っている甲冑も全身を隙間なく覆っていない。


 己の状態について、佳宏はほとんど意識していない。

彼はローグウルフに齧られた古い肉体を置き捨て、ここまで歩いてきた。

幽霊なのか、新たな肉体を得たのか、そんな疑問は数分で消えた。新たに得た能力に魅せられ、束縛の無い身分を楽しんでいる今、ちらりとも頭に浮かばない。


 容赦なく剛腕を振るう度、アップデートされていく身体。

経験した死は通過儀礼だったのか、一度発動した能力は難なく使いこなす事が出来た。


 弓兵部隊を撲殺し、ドワーフを解放。

遠くから覗き見ていた者がいるのか、ドーター市内に急を告げる銅鑼の音が鳴り響く。

鎧戸が開き、あちこちで目を覚ました市民が窓から顔を覗かせる。

佳宏は彼らを無視して商店を探し、目星をつけた建物に押し入った。小動物の燻製肉を口に咥え、起き出した店主の頬骨と肋骨を殴って砕く。


 夜が明ける頃、ドーター市からは住人が残らず逃散。

佳宏の腹も盗んだ食料で満たされた、立ち向かってきた市民を掃討した佳宏は達成感と満足感に包まれながら、1日を思索に耽って過ごす。

逃げた市民が今頃、辿り着いた先で自分の情報を言いふらしているだろうが、どうでもいい。追いかけた所で全員は始末できないだろうし、向かって来た時に対処すればいい。

豪商か貴族が暮らしていたような大きな屋敷に踏み入り、柔らかく、大きなベッドで一泊。翌日、佳宏は旅荷物を準備してから、悠々と街を後にした。


(ええと…地図地図)


 背中に荷物を背負い、都市を出た佳宏は西に向かって歩く。

先程まで滞在していた都市の名はドーター。西に向かうとルービス地方、東に向かうと飛竜の大森林、ロマンダ平原なる場所に通じる。

無論、文字は地球の言語ではないのだが、佳宏は記されている文章の意味を読み取ることが出来た。


(こんな細かい部分で時間食いたくないし、助かるわ)


 飛竜…興味はあるのだが、佳宏は人里に行く事を優先。

起伏の緩やかな丘陵を徒歩で横断していると、小じんまりとした農村が視界の端に現れた。

飲み水とか、食料とか得る場合は交渉が必要になるだろう――それは面倒臭い。


(恵まれてるよなー、現代日本人…)


 棚から商品をレジに持っていけば、数分で物が手に入る。

遠目に見る限りでは、商店があるような集落には見えない。佳宏は農村を素通りして、西に進む。

野宿を繰り返し、その度に魔物や動物を相手を狩る。風の剣を投擲し、鹿を仕留める。

身についた異能は使い慣れる度、手足のように感じられた。慣れない弓矢や投石で無駄な体力を使わずに済む。


(えーと、狩りの時は血と腸を取り除いて、肉を冷やすんだっけ)


 読み齧っただけの知識なので、鹿肉を処理する手つきはたどたどしい。

臭い肉に悪戦苦闘しつつ、貴重な栄養と言い聞かせてじっくりと焼き、腹に収めていく。

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