第3話真夜中のドーターで、大殺戮

 息を殺し、そっと都市内に降り立つ。

玉石敷きの歩道に着地した途端、警報が鳴るなどと言ったことは無く、佳宏は難なく都市の陰に潜り込む事が出来た。

周囲の様子に聞き耳を立てていた佳宏の意識に、全く別のものが流れ込んでくる。


 それは感情。

都市に住む人々の心と、その位置情報が濁流のように佳宏を呑み込むが、彼は冷静にそれらを選り分けた。

特に気になった心の集団がある。重く、固い、鉄球を思わせる質量の怒り。

この時、都市の中では言い争っている最中の者もいたが、彼らの感情はせいぜい泥団子。あっというまに作られ、崩れるのも早い。


(何だろうな)


 佳宏は気に留めておくことにした。

とりあえず、今夜くらいは屋根のあるところで眠りたい。

住人のいる家と空き家を、今の佳宏は視界に入れるだけで識別できる。

ただ、出来るだけ多くの人を入れるべき都市は道が狭く、建物は奥行きの長い長方形。完全に人のいない建屋が見当たらない。


(夜になって帰ってくることもあり得るし……倉庫かなんかで我慢しよ)


 幸運にも佳宏は、物置の一つに忍び込む事に成功。

管理者に警戒しつつ、雑多に置かれた道具類の間に身を横たえる。

日が沈む頃には衛兵の殺害が露見し、夜警らしき巡回者が街を巡っているのが、佳宏には目で見ずとも感じられた。


(ド畜生が!全員、殺してやろうかな!!)


 腹いっぱい、白い米と焼き魚が食べたい。

いや、塩胡椒で味付けした砂肝もいいな。刺身もいい。

木の実や小鳥を口に入れている程度で、佳宏は腹を空かせており苛立っていた。弱っているならまだしも、体力気力共に充実しており、今夜眠れるかすら怪しい。


 闇の中でまんじりともせず過ごしていると、夜警の中に重い怒りの持ち主が混じっている事に気づく。

興味を惹かれた佳宏は倉庫から抜け出し、表通りに近づく。住居の隙間、2階外壁に指の力だけで張り付く。


「おい、もっと前歩け!」

「誰も見てなかったなんて、ついてないよなぁ」

「解放軍かな…、こんなところに何もないのに?」


 篝火を掲げながら歩く一団に、背の低い者が数名混じっている。

片方の足首に金属の輪が巻き付いており、そこから長い鎖が、篝火を持っていない者の手に向かって伸びている。

やつれているが、肩幅が広い。


(確か…ドワーフが逃げ出した)


 衛兵がそんなことを言っていた。

佳宏は最も手前を歩いている一団に向かって跳び、風の剣と槍で兵士のみを貫く。

鎖で繋がれていたドワーフ達と佳宏は、揃って血の絨毯に足をつけた。


「命はとらない。さっさと逃げていいよ」


 凍り付いたように自分を見つめる矮躯の男女に向かって、佳宏は微笑む。

目線を外し、屈んで兵士達の死体を漁るが食い物らしき物体は見当たらない。

振り返ると、ドワーフ達はまだ突っ立っていた。


「そうだ。食べるもの持ってないかな?」


 黙って首を振る。

異世界、と聞いていたが、首を左右に振る事で否定の意を示しているのだろうか?

ボディランゲージやハンドサインも、国が変われば意味が変わると聞く。


(改めて考えると、中々ヘビーな状況だな)


 佳宏は夜警の反応に向かって駆ける。

方角を気にせず走る彼の前に、都市の建物の中でもひと際背の高い礼拝堂が姿を現す。

その前に、先程と同じような一団が2つ。佳宏は手をあげて挨拶をしてから、拳を固めて殴りかかった。

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