第2話佳宏、ドーター侵入

 佳宏の死体に群がっていたローグウルフ5頭が、気圧されたように距離を広げていく。

変わり果てた自分に近づくと、佳宏はスマホと財布を取り出し、ポケットにしまった。立っている彼もまた、学生服に身を包んでいる。

寝に入る前とは違い、気力体力共に充実している。休日の朝を迎えた時のように快い気分のまま、佳宏は狼の群れに突撃する。


 威嚇するように吠えるより早く、脇に引いた右拳を突き出す。

頭骨がボール紙のように砕け、温かな脳漿のぬめりを手首に感じる。

死角に回った魔狼が大顎を開き、脛に飛び掛かってくるが、牙を突き立てた瞬間、その身体から炎が吹き上がった。

夜の山の一角に火が入り、夜の空が茜色に照らされる。


(おっと、これは不味いかな)


 佳宏は狼を片付けてから他人事のように考え、駆け出す。

己の脚力が体感でも凄まじく上昇しているのがわかる。耳元で風が唸り、弾丸のように斜面が後方に過ぎ去っていく。

田畑と家屋が点在する集落に二呼吸ほどの間に辿り着いたが、住民が起きてくる気配は無い。

起こして山に入った火について問われるのも面倒だ。結局、佳宏はこの晩、背の高い樹上で野宿する羽目になった。


 翌朝、佳宏は木の天辺に立ち、周囲を見渡す。

森の真上に立っている彼の左前方に、切り拓かれた道が緩やかなS字を描いている。


(俺、どっちから来たんだ?)


 首を傾げるも手掛かりはない。

木になっている果実や葉を摘み、朝食代わりに齧る。

炎の扱いにも既に慣れ、また生命体の位置を知ることが出来るらしいと佳宏は悟った。

こっちに何かいる、と直感に従い進むと、そこに動物がいるのだ。狼なら狼、兎なら兎。

種別不明の小鳥の絞め殺し、羽毛と腸を取り除き、肉を焼いて食べた。


 小腹を満たしてからやれやれと街道に沿って走るうち、佳宏は城壁で囲まれた都市に行き着く。

城門前から見えないほど遠くに降り、歩いて近づく。佳宏以外に、城門に近づこうとするものは無い。

服装を珍しく思ったのか、2人組の衛兵に声を掛けられる。


「hgしΞ★、rr♯?」


 不審に思っているのでは無さそうだが、何を言っているか分からない。


「すみません。言葉が分からないです」

「…わかるじゃないか?あんた、珍しい格好だが、どこから来た?」

「北から、あちこち旅してる」

「荷物も無しに?」


 衛兵の顔色が変わる。


「…ドワーフが逃げ出したのでも無さそうだが」

「ちょっと来てもらっていいかな、すぐに済む」


 衛兵の1人が先導するように歩き、もう1人は隣に来る。

あと一歩で真横に立つと思われた瞬間、口笛のような音が流れた。

怪訝に思った2人の視界が、ずるりと横にずれる。頸骨を無視した動きで視界が回転する最中、衛兵たちは佳宏は面倒臭そうな表情を見た。


(取り調べなんか受けてたまるか)


 こっちの世界に何があるのかすら分からないのに、まともな受け答えなど出来ない。

それ故、あまりにも短絡的に2人を殺害。疾風のように城壁を駆けあがり、眼前の都市ドーターに侵入する。


 佳宏は自己主張をあまりしない。

しかし、従属的な気質は欠片も無い。享楽的で喜怒哀楽に振り回されるタイプだ。

不幸なことに彼には分別があった。自分を素直に表現したら、きっと犯罪者一直線だろうと。

だから良い子で振舞う。生活リズムを乱されない限り、およその事は流す。


 異世界に放逐され、あらゆる束縛から抜け出したのが今の佳宏だ。 

罰せられないなら、佳宏は如何なる罪にも踏み込める。そしてここには、彼を捕らえる者はいない。

そもそも、身分が無いのだ。違法だ合法だと悩むのは馬鹿馬鹿しい。


(それにどこまで出来るか確かめたいしな)


 佳宏は城壁の上に潜み、周囲の状況に神経を澄ます。

幸運なことに、城門の騒ぎは広まっていないようだ。森の上から見た時も思ったが、人の行き来は激しく無い様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る