第95話 仮装する収穫祭(3)

 見つけた店は裏通りの地味な喫茶店だった。レンガ作りの壁は漆喰で化粧していたが、内側はそのままレンガを残している。居心地のいい空間が広がる喫茶店はさほど大きくなく、6人が入ると半分以上の客席が埋まった。残されたのはカウンターくらいだ。夜は酒を出す営業もするようで、カウンターの奥には酒瓶が綺麗に整頓されていた。


「いらっしゃい、あら……観光のお客さんね」


 顔を見せた美人なお姉さんがにっこり笑って、メニューの貼られた壁を指さした。


「注文が決まったら声をかけて」


 ふくよかな胸元を羨ましそうに見つめるルリアージェが、自分の胸を見てため息をついた。これは触れない方がいい案件だ。慰めても、褒めても怒られる状況だった。


「リアは何にする?」


 気づかなかったフリをすることにしたジルが、壁のメニューリストに目を通して呟いた。


「珍しいな。コーヒーがあるなんて」


「え? 本当だ。ぜひ飲んでみたい」


 興味を惹かれたルリアージェの浮かれた声色に、息を飲んで見守っていた魔性達は安堵の息を漏らす。祭り当日に機嫌を損ねるような言動は、絶対に慎まなくてはならない。


「あたくしは紅茶でいいわ。あとケーキは内容次第ね」


 ケーキ欄は日替わりの文字があり、何のケーキが出るかわからない。ただ値段だけが記されていた。そのためライラは即断しない。


「リア様が飲むなら、違う種類のコーヒーにしますわ。少しだけ交換して楽しめますもの」


 パウリーネは男装の麗人である外見を忘れ、いつも通りの口調と振る舞いで提案した。


「いいのか?」


「もちろんです」


 ルリアージェが手を取って喜んでいる横で、男性陣は羨ましそうな目をしていた。


 同じ提案はすぐ浮かんだが、それぞれの事情で諦めたのだ。リシュアとリオネルが同じことを言えば、間違いなくジルの怒りを買うので口に出せない。


 ジルは別の理由があった。実はコーヒーの味が好きでない。そのため言い出しそびれてしまい、出遅れた形となった。


 ここまで彼女が喜んでくれるなら、自分達も頼めば良かったと、2種類しかないコーヒーの欄を恨めしく睨んだ。今さら相乗りする気もないので、苦笑いしてそれぞれに注文を決める。


 店員のお姉さんに注文を終えると、ルリアージェは先ほど買った仮面を机の上に出した。


「祭りの準備をするのも楽しいものだ」


 一緒に付き合ってくれる仲間がいて、大切にしてくれる人達がいて、楽しみを前にわくわくしている。こんな気持ちは、過去の生活で味わったことがなかった。

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