第95話 仮装する収穫祭(4)

 胸の内側がじわじわするような、不思議な感覚がする。地に足がつかない感覚が心地よく、同時に僅かな不安も与えた。


「だが、明後日には祭りは終わるのだな」


「何か心配なの? リア」


 少年姿のライラが首をかしげる。まだ始まってもいない祭りの終わりを憂う感情が、ライラにはわからなかった。


「確かにこの祭りは明後日に終わるが、そのあとはテラレスの収穫祭があって、ツガシエの冬祭り、それからリュジアンの雪祭りもあるんだぞ。春になればサークレラにも行く。祭りがない時期なんてないから、忙しいぞ」


 くすくす笑いながらジルが指摘した。その内容を噛み締めるルリアージェが「そうだな。忙しい」と頬を緩める。


「お待たせしました」


 話が一段落したところへ、様々な飲み物と食べ物が並べられた。







 

 軽食を終えた彼らが外に出ると、住民達が仮面を手に走っていく。全員が同じ方向ということは、左側でなにかイベントでもあるのだろうか。通りすがりの青年を一人呼び止めて、リシュアが丁寧に尋ねていた。


「わかりました。祭りの初日の夜に、王宮から振る舞いがあるそうです。踊り子が数人雇われて踊り、無料で飲食できるそうですよ」


「……そうか」


 複雑な感情を濁したルリアージェに、ジルが笑いながら首を横に振った。


「祭りを楽しむんだろ? 一緒に行こう。そもそも、今の外見でリアを判別できるわけない」


 言われて、自分の姿を見下ろした。小麦色の肌も、赤い巻き毛も、銀髪の魔術師がもつ色彩じゃない。顔は仮面で隠してしまうし、きっとわからないはずだ。


「そうすね。今のリア様を見て気付けるほど、親密な相手ではなかったでしょう。問題ないと思います」


 多少知っているリオネルの追従に、ルリアージェは考えるのをやめた。性格なのだろう。考えすぎて疲れる前に、思考を放棄するのが彼女だった。この軽さがなければ、大災厄と呼ばれるジルを連れ歩かなかったはずだ。


「行こう」


 仮面を早めにかぶるルリアージェに合わせ、魔性達はさっさと顔の半分を隠した。ついでとばかり、ライラが尻尾を解放する。人がいる場所では隠しているが、今なら仮装の一部に見えると笑った。


 ふわふわの尻尾に手を伸ばし、そっと触れる。ルリアージェの好きにさせていた魔性達は、表情を和らげて見守った。しかし人影が減ったことで、出遅れると慌てたルリアージェが走り出す。


「急ぐぞ」


「「ええ」」


「「「わかった」」」


 全力で走るルリアージェにすぐ追いついたジルが、ひょいっと彼女を抱き上げる。驚いた顔をするルリアージェの頬にキスをして、息も乱さずに走った。

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