第79話 ひとつの国の行く末(3)

 言外に「お前に嫌われるなら、やらない」と確約を滲ませる。ほっとする反面、気になる単語を思い出した。先ほど聞こえたリオネルの「風の魔王ラーゼンの関与」だ。


「風の魔王が関与しているのか?」


「そうね。彼がツガシエの王族を私たちに嗾けた元凶よ」


 ライラが茶菓子を並べながら肩を竦める。


「まったく、男はいつまでたっても子供なんだから。すぐに気に入った相手にちょっかい出したがるのよね」


「ちょっと待て! 今の発言はおかしいぞ。奴が気に入ったのはオレ達じゃなくてマリニスだろ」


「おかしくないわ。マリニスにちょっかい出すために、私たちを利用したんだから」


 そういう意味かとほっと胸を撫でおろすジルの姿に「男はいつまでも子供」というライラの言い分に同意してしまった。直情的というか、すぐに感情に従って行動する傾向が強い。しかも前後のつながりより、その場の雰囲気で判断するのだ。


 今回の勘違いもその一例だった。


 数千年を生きても、精神的には成長しないのだな……苦笑いしたルリアージェが紅茶を口に運ぶ。躊躇わず飲んだ所作に、周囲が逆に息を飲んで見守った。


「リアに後遺症はなさそうね」


「ワインじゃないとわからないぞ」


 仲良くルリアージェの話で盛り上がるジルとライラへ、無邪気に話題の主が声をかけた。


「何がだ?」


「ジル様達は、リア様が出された食べ物に警戒するのではないかと心配していらしたのですよ」


「そうね、毒を盛られると疑心暗鬼になるから」


 リシュアとパウリーネの説明に、得心がいったルリアージェがくすくす笑い出した。肩を揺らして笑った彼女の銀髪が揺れ、寝ていたため流していた髪を無造作に耳にかける。癖のないまっすぐな髪が、数本耳から零れ落ちた。


「私はみんなを信頼している。だから警戒する必要はないだろう」


 疑問ですらない。断定されて示された信頼に、魔性達は言葉を失い、次の瞬間破顔した。裏切りや疑心が常の世で、飾らない本音が素直に胸に沁みる。


「嬉しいわ。あたくしはリアの従者で本当に幸せよ」


 笑うライラの伸ばした手を握ると、反対側からジルが手を握った。みんなが同様に手を乗せてくる姿に、ルリアージェが首をかしげる。


「これは、何かの儀式か?」


「本当に、あなた様は変わりませんね」


 リシュアが呆れたように呟いた。ただの人でありながら、まっすぐな心根を腐らせることなく保有し続ける――最上位の魔性を従えながら、驕って傲慢に振る舞うことも思いつかない。稀有な主に出会った幸運を、彼らは噛みしめた。

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