第60話 落ち続ける水滴の記憶(2)
ズシャアアア! バシャン! ゴゴゴゴッ!
響き渡る轟音が止んだあと、驚くほど静かな海が広がっていた。いつも通りの穏やかな波が打ち寄せる浜辺は白く、青い波がひたひたと濡らして引く。
「馬鹿なっ、だって……僕は!」
叫ぶトルカーネの声が波音に被さった。
人がいない海沿いの通りへ下ろされたルリアージェは、潮風にべたつく髪をかき上げた。上空に残っているのは水の魔王と側近達のみ。ジルは直接彼らを攻撃していない。しかしルリアージェの命令は彼らの排除だった。
「リオネル、リシュア……あの2匹を片付けろ」
側近のスピネーとレイシアを指差す。ジルの命令に眷属たる彼らは嬉しそうな笑みを浮かべた。地上から見上げる形になるルリアージェが溜め息をつく。
「なぜ魔性は見下ろしたがるんだ?」
「決まってるだろ、実力も自信もないからさ」
馬鹿にするジルの口調に、歩み寄ったライラも同意した。
「他人と目線を合わせて話をする、常識を知らないだけのバカよ」
「あら、お言葉ですけれど……あの方の場合、いささか足りないんですもの」
パウリーネが意味ありげな言い方をして、ちらりと視線を上に向ける。確かに小柄な少年の身長では、地上に降りたら見下ろされる側になるだろう。納得したルリアージェが小声で返した。
「わかった、子供扱いが嫌いなのだな」
ルリアージェに煽るつもりはなく、そんな彼女の気の毒そうな声が一番の棘となってトルカーネを襲った。苛立ちのままに海水を叩きつける。海から立ち上がった水が
≪翼ある者ぞ≫
古代神語がジルの口をついた。周囲に集まっていた精霊達が動き出す。水を分解し、風で吹き飛ばし、火が蒸発させた。残った飛沫も土が吸収してしまう。ジルを含め、誰も動かなかった。
巨大な蛟が牙を向こうとした先で、勝手に消えて霧になったイメージだ。精霊がジルを傷つけることはなく、ジルが張った結界に害を加えることはない。神族特有の能力がある限り、魔王といえどジルに勝つことはできなかった。
わかっているはずだ。勝てないと知っていて、なぜトルカーネはジルに挑んだのか。
裏を探りながら動くジルは慎重だった。自らの傍らに立つ
「おまえはオレに勝てない。わかったら消えろ」
「僕には役割がある! 引き下がれないんだ!」
叫んだトルカーネが魔力を高めていく。彼の全身を覆う魔力が揺らめいて、高まった濃度のせいで可視化された。水色の炎の中に立つように、短めの髪も舞い踊る。必死で食い下がる彼の姿に、ジルは奇妙な違和感を覚えた。
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