第41話 届かない果実ほど…(3)

 炎の龍を手懐け終わると、優雅に一礼して見せる。優男の外見を裏切る残酷な魅了の術に、パウリーネは眉を顰めて吐き捨てた。


「いつみても卑怯な力よね、あなたが敵じゃなくて良かったわ」


 己の水虎も同じように手懐けられてしまうかも知れない。それは眷獣を扱う魔族にとって、本能的な恐怖だった。自分を最も知っている味方が手のひらを返す可能性……自分自身と戦うのに等しい。


「ラヴィアを消してしまっても平気なの?」


 炎龍を指差して尋ねれば、大人しく絡みついた龍は赤い瞳で睨み返した。宥めるような仕草でリシュアが頭をなでると、巨体を丸めて大人しくなる。


「ええ、ラヴィアの核を残す必要はありません」


 眷獣は自我や核を持つ者と、主の魔力が顕現した物がある。パウリーネの水虎は後者で、ラヴィアの炎龍は前者だった。己自身の核を持つ炎龍を手懐けて使役していたラヴィアから、支配権を奪い取っただけの話だ。彼の生死は炎龍に関係ない。


 逆を言えば、炎龍を手懐けることが出来たラヴィアは運が良かっただけ。彼の二つ名が龍炎である以上、他に特筆すべき能力は持ち合わせていない証拠だった。氷雷のレイリの方が、魔性としては優秀なのだ。


「ジル様の封じ玉と交換していただこうかしら」


 パウリーネはうっとりと物騒なセリフを呟く。水虎達の間に転がる胴体と頭を見ながら、ぐるりと両手で覆うように結界を作った。さきほど主の手にあった封じ玉の大きさを思い出し、手のひらに乗る程度まで圧縮する。


 魔族は世界の法則を無視したような魔法や魔術を使うが、物理の法則が存在しないわけではない。圧縮された封じ玉の中は空気が入る隙間もないほど潰され、魔性であった物体が押し込められていた。破裂しようとする内圧を、外から同程度の圧をかけて押さえるだけだ。


 飽きて封じ玉を解放したり、封じ玉を作った魔性が消滅すれば、内圧に耐えかねて爆発する形で中身は吹き飛ぶ。核が無事ならば、いずれ元の姿に戻る可能性は残されていた。


「上手に出来たわ」


 水虎が拾って運んだ封じ玉を両手で受け取る。目の高さに持ち上げ、自慢げにリシュアへ掲げた。中央は真っ赤に染まっているのに、周囲はまだ透明だ。


「今度は風系統の魔性がいいわ。緑の玉が欲しいもの」


 意味深な笑いを向ける仲間に、苦笑いしたリシュアが「私以外でしたらご協力しますよ」と逃げる。戦いの終わりに気付いたジルが手招きするまで、パウリーネは執拗にリシュアに絡んでいた。

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