第41話 届かない果実ほど…(2)

 ジル達の方へ動こうとしたラヴィアの前に、水虎が飛び出す。猫科特有のしなやかな動きで青年に噛み付いて、腕を肩から食いちぎった。半透明の身体に飲み込まれた手が、そのまま透ける姿はグロテスクだ。


「……絵的に、ルリアージェ様のお好みから外れると思いますよ。私は好きですが」


 リシュアの指摘に、パウリーネは慌てて虎の身体を曇りガラスのような色に変えた。どうやら水をすこし凍らせたらしい。


「早く言ってよ! ジル様に叱られちゃうじゃない」


「ですから早めに言いましたよ」


 ジルに指摘される前に教えたと笑うリシュアは、狡猾な政治屋のような表情で首をかしげる。心外だといわんばかりの態度に、パウリーネは薄い胸を張って腰に手を当てた。


「さっさと片付ける気だったけど、リシュアの所為よ。彼を怨んでね」


 リシュアを睨みつけて、後退るラヴィアを横目で確認する。すっと白い指がラヴィアを指差した。


「行きなさい」


 利き腕を食われた青年を、2頭の水虎が囲う。片方は腕を飲んだため半透明だが、もう1頭はまだ透き通っていた。付き合いが長いリシュアは命令の内容を悟って、首を横に振る。


「酷いことをなさいますね」


 他人事の口ぶりで、内容を裏切る楽しそうな笑みを浮かべたリシュアが哀れむ。片眉を持ち上げて「そう?」と呟いたパウリーネは、口元を歪めて笑った。


 右腕を失ったラヴィアの左腕、左足、右足が順番に水虎に食いちぎられる。抵抗とばかり本体を守ろうとする炎龍が牙を剥くが、片方の相手をする間に、もう片方がラヴィアを食らう。繰り返される攻撃に、徐々に炎龍が小さく薄れていった。


「あ、お待ちください。あの龍の核をご所望です」


 誰が……そんな質問は不要だった。リシュアが「」と口にするなら、主であるジルが欲しがったのだろう。邪魔をするでもなく、近くに寄ってきた理由に「なるほど」と思い至り、パウリーネは水虎を一度遠ざけた。


「いいわ」


「それでは失礼いたします」


 両手両足、胴体の半分ほどを食われたラヴィアには見向きもせず、リシュアは炎龍に近づいた。ばさりと前髪を掻き上げて、ただ見つめる。何も言わず近づくリシュアを威嚇する炎龍だが、だんだんと動きは緩慢になった。


 己を生み出した主を守らなくてはならないと葛藤する炎龍へ、リシュアはただ手を差し伸べる。何も言わずにじっと見つめる先で、炎龍の赤い瞳がとろんと和らいだ。


「こちらへおいで」


 誘いかける響きは、命令となって炎龍を支配した。胴体で抱き締めていたを放り出し、蛇に似て長大な身体をくねらせる。リシュアの白い手に触れると、黒衣の腕にくるりと絡みついた。


「お待たせしました。パウリーネ、後はお任せします」

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