第34話 それぞれの思惑(2)

 目を見開いたマリニスは、言いかけた言葉を飲み込むように唇を噛んだ。そっと近づいて赤い髪に手を触れる。鮮やかで情熱的な色は、マリニスによく似合う。感情を煌かせる赤い瞳を覗き込んで、ラーゼンはふわりと笑った。


「炎の魔王マリニス、我はそなたを気に入っている」


 緑の髪が火口の熱に煽られた。そっと赤い髪の先に接吻けを落とし、唖然とするマリニスを引き寄せる。お気に入りである赤い髪を指先で遊びながら、ラーゼンは己の中に芽生えた気持ちに擽ったさを覚えた。


 そうか……我に忠誠を誓う配下も、似たような気持ちを抱くのやも知れぬ。護り、助け、必要とされたいと――。






「魔王の封印はすべて解けた。残るは……」


 そこで意味深に言葉を切る。言葉が真実になる恐怖を知るレンは、大きく息を吐き出した。


「どうしました?」


 魔族から傍観者になったレンと対を成す少年が首を傾げる。まだ年若い外見だが、神族として350歳前後だった彼は、突然傍観者としての運命を与えられた。


 傍観者となって2000年程で神族の滅亡を記録した彼だが、消せない記憶に対して何か不満を述べたことはない。淡々として感情の起伏があまりない少年は、お茶のカップを用意しながら首を傾げた。


「封印が解けたら、また何か起きるのかと思ってさ」


 予定調和が仕掛けられているのはわかる。問題は仕掛けた人物が誰なのか、最終的な目的は何か。様々な世界の要因を紐解いて組み立て直す緻密な作業を繰り返し、クモの糸で絡めるように動きを制御する特殊な魔術だ。


 そこまで複雑な予定調和を施しても、標的や関係者が上位ならば覆されてしまう。常に不安定で危険が伴う魔術を仕掛ける理由がわからない。


 世界が記憶するすべてを受け継いだはずなのに、予定調和に関する記憶だけが空白だった。その違和感がレンに警告を与える。……もしかしたら、その警告すら予定調和かもしれない。疑い出せばキリがない状況に苛立ちが募った。


「関与できないなら同じですよ」


 丁寧な口調ながら、投げやりな言葉が返って来た。確かに彼のいうとおりだ。傍観者に状況を変化させる手出しは許されていない。強大な力を揮う魔王やジルのように、予定調和を否定する実力もなかった。


「確かに何も出来ないな」


 友人が封じ込められる瞬間も、すべてが嫌になって戦いすら放棄した態度も、何もかも覚えている。忘れることが出来ない不自由さに、レンは溜め息を吐いた。





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