第31話 敵が多すぎる男(3)

「こっちはクローゼットにした。ドレスは仕舞っといたから」


 脱力するルリアージェの手を引いて中を見せるジルは、にこにこと機嫌がいい。アスターレンに行く前に小さな街で買ったドレスや宝飾品が、それは見事に飾りつけられていた。ドレスはトルソーに着せ付けられ、ついでにネックレスまで輝いている。他のジュエリーは箱に並べられ、天井から届く光を反射した。


 大国の姫君のクローゼットのようだ。


「ありがとう」


 悪気はないのだ。ジルは多少自分勝手なだけで、きっと私のために部屋を作って片付けてくれたんだから……叱っては可哀相だ。必死に己を宥めて顔を上げたルリアージェの努力は、一瞬で瓦解した。


「下着はここね。畳んでおいたから」


 引き出しの中に小さく可愛らしくグラデーション状態で並べられた下着に、ルリアージェは叫んでいた。


「触るな!!」


「え、もう触っちゃったし。洗濯したのオレだから、オレしか見てないし…平気だよ?」


 魔王3人と渡り合う実力者が、主に定めたとはいえ人族の女の下着を洗うのは違うだろう。がくりと膝をついて顔を覆ったルリアージェに、慌てて駆け寄ったジルはまるで飼い犬のようだった。


「どうした? 具合悪いの? えっと……ベッドに運べばいいのか」


 いきなり抱き上げられて、そのまま慌てた様子でベッドに下ろされる。本当に何が気に障ったのか理解できない様子で、額の熱をはかってみたり、顔を覗き込んだりと忙しかった。魔術や魔法で運べばいいのに抱き上げて運ぶあたりも、彼らしい。


 大人げなく怒鳴ってしまった。魔性は善悪の区別がつかない幼子と同じ、飼い犬のペットに下着を見られて叱るなど、人として間違っている。自己暗示をかけている間に、ジルは確認することがなくなったのか。ベッド脇に膝をついて不安そうにこちらを見ていた。


「リア」


 困ったように名を呼ぶ。旅の間の大人びた態度や、魔性と戦う際の姿が嘘のようだ。主に叱られた、ただそれだけでここまで不安定になるなんて――。


 さっきまで、彼らが揮う大きな力に驚いて嫉妬する自分がいた。どこまでも傲慢で、自由で、好き勝手に振舞う魔性は人には制御できないと思ったのに……悩んだ時間がバカらしくなる。


 ただの子供なのだ。大きな力を揮うし、長く生きた分だけ口も達者だ。しかし彼らに時間の観念がないから、成長はしない。幼子の我が侭で強大な力を振り回すのが魔性だと考えれば、褒めてもらえると思った行動を叱られたジルの反応も当然だった。

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