第31話 敵が多すぎる男(2)

 見上げた天井は透明の板で光を透過する。どうやらガラスではいようで、不思議な屈折できらきらと輝き部屋の明かりを保っていた。そもそも闇の中の空間に作られた場所なのに、どこから光が降ってくるのだろう。ルリアージェの疑問は尽きないが、聞いても理解できると思えなかった。


 魔性の中でも最上位に位置する彼らにとって、この程度の事象は『常識』のようなもの。人間が呼吸方法を尋ねられても答えられないと同じで、当たり前すぎて説明が難しい。


「ここなら手ごろな大きさだし、城の中央に近いから外からの攻撃に強い」


 なぜか攻撃されること前提で話すジルを振り返る。不吉な言葉を吐かないで欲しいと口を開きかけたルリアージェと同時に、城の外で大きな揺れが起きた。


「あらやだ。また何か来たわよ?」


「来客が多いですね」


 眉を顰めたライラと対照的に、リシュアはのんきな答えを寄越す。それからリシュアは黒衣を揺らして一礼した。


「お客様は私が応対しますので、皆様は部屋の準備をなさってください」


 国王というより侍従か執事のような発言をして、リシュアは外へ出て行った。肩を竦めて見送ったジルは彼の言葉どおり、部屋の中に家具を配置していく。


「何もないからな。人が住むにはベッド、机、椅子、場所が余るからソファも置くか。あと……本棚とか」


 亜空間に仕舞っていた家具をぽんぽんと配置していく。宙に浮いた家具を次々と指差して配置する姿は、人形の部屋を作るような気軽さがあった。いくら魔術師でも、重量がある家具を移動させるのは魔力を奪われる。だがジルに疲労の色はなかった。


「ジル、トイレとお風呂もいるわ」


 ライラの指摘に、ジルは少し唸った。


「うーん、部屋の一部を区切るか。狭くなるし隣室を作るぞ」


「ちょっと待て!」


 唖然としていたルリアージェが声をあげたときには遅い。整えられたシャープな印象の城は外見を大きく崩して、ぽこっと小部屋が飛び出した。闇の城と呼ぶに相応しい風景が台無しだ。


「トイレと風呂は在庫がないな」


 亜空間に家具を大量に保有しているらしいジルでも、さすがに自らが使わない風呂やトイレは持ち合わせがない。少し考えて、振り返った。


「リシュア……は戦ってるか。あいつの城とか塔なら余ってそうなのに」


 残念そうに呟けば、ライラが無邪気に手を挙げた。


「ならばあたくしが戦うから、リシュアをここへ戻すわね」


「ちょっと待て」


 ルリアージェの再びの呼び止めは無視され、ライラは機嫌よく姿を消した。掴もうとした彼女の肩は手からすり抜け、半透明の長い三つ編みが腕を透かして消える。


 溜め息を吐くルリアージェに首を傾げるが、無造作にジルはもう1部屋追加した。ドアを開いて中を確認し、何やら小物を取り出している。


「……お前達は私の言葉を聞かない」


 ぼやく美女に、ジルは手招きした。

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