第十二章 死神の城

第31話 敵が多すぎる男(1)

 空間を移動する際に僅かな違和感を覚える。こればかりは膜状の境界を抜けた証拠なので仕方ないが、ルリアージェは顔を顰めた。普通、人間は一生で何度も別空間へ移動したりしないものだ。それが魔術師という特殊な職業であっても、一般人より多い程度でしかない。


「ルリアージェ様、ご気分が優れないのですか?」


 目ざといリシュアの声に、首を横に振った。心配そうにジルやライラも覗き込む。リオネルは何やら気になることを調査すると言い残して消えたので、この場にいるのはルリアージェを含めても4人だった。


「大丈夫だ」


 問題ないわけじゃないので、つい言葉を選んでしまう。その違いに気付いたジルが身を屈め、銀の前髪をかき上げた。そのままルリアージェの額に手を触れる。ひんやりと冷たいジルの手に、肩から力を抜いた。魔性は人間よりも体温が低いことが多い。


「熱はないな」


「疲れたのかしら。あなたの復活以降、リアは休みなしよ?」


 確かにジルの封印を解いてから追われる立場になり、ゆっくり休んだ記憶はない。トラブルメーカーのジルと一緒にいる限り、退屈している暇はなさそうだった。


「じゃあ休むか? 部屋はいくらでも作るから」


 今、奇妙な言葉が聞こえた気がして、ルリアージェは首をかしげる。磨き上げられた黒い床に、宝石で作られたステンドグラスの輝きが反射した。ゆらゆら燃える火の灯されたシャンデリアが、広間の隅々まで明るく照らし出す。


「部屋を、作るのか?」


「一応あるんだけど、基本的にばーんとぶち抜いた広間の周辺にいくつかある程度だ。リアが想像する住居の間取りとは大きく違う」


 彼の説明によれば、中央に大広間。隣に小さめの広間が二つ、取り囲むようにいくつか小部屋が配置されているだけらしい。確かに人間と違い、台所や風呂、トイレを用意する必要がない彼らにとって、それ以上の設備は無用の長物だ。


「リアの部屋は安全面を考えないとね」


「隣の広間を使うのはどうだ?」


「見に行きましょう」


 ライラとジルで話を進め、気付いたらリシュアも参加している。当事者のはずが話に混じれず、ルリアージェは手を引かれるまま隣の広間に移動した。


 こじんまりした応接室を想像したルリアージェが悪いのか、何も考えずに重力が干渉しないのを利用して好き勝手したジルが原因か。驚くほど広い部屋が目の前にある。


 ジルの言う大広間より天井は低いし、サイズも半分ほどだろう。だが、小さめの離宮がすっぽり入りそうな空間を『部屋』と称するのは間違っている気がした。


「ここ、か」

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