第28話 迷惑すぎる来客(6)

 ドクン。


 闇が胎動する。何も見えない真っ黒な空間で、鼓動の音だけが響いていた。


 期待を込めて傅く数人の魔性達は誰も口を開かない。微動だにせず、視線を一点に集中させたままだ。膝をついて見つめる先で、闇が僅かに動いた。


 ドクン。


 ゆらゆら、闇が黒い湯気か煙のように漂い始める。まるで何かの中身が溢れてくるようだった。じわりと闇を侵食していた黒が突然弾ける。


 音もなく色が生み出された。光を僅かに纏った人影は立ち上がり、一歩踏み出して動きを止める。人影の周囲に闇が割れた卵の殻のように残され、無音で崩れて消えた。


「我が君、復活おめでとうございます。我ら側近一同、この瞬間をお待ちしておりました」


 一人が伏せて言葉を紡ぐと、異口同音に同じ言葉が向けられる。人影はゆらゆら揺れながら近づき、足元の存在に目を落とした。伏せて己を崇める魔性へ、透き通った水色の瞳が細められる。


「迎え、ご苦労。何年経ったの?」


「1000年にございます」


「そう……長いね」


 白に近い薄い灰色の衣を引き摺り、青年は穏やかに呟いた。短い髪は柔らかそうに風に揺れ、瞳と同じ水色が褐色の肌を縁取る。整った顔は、この場でひれ伏す上級魔性達の追随を許さない。誰もが見惚れる顔に優しい笑みを浮かべて、青年は小首を傾げた。


「レイシア、他の魔王は?」


 名を呼ばれた先頭の魔性が震えながら顔を上げ、麗しい主の姿に目を潤ませる。


「はい、風の魔王と火の魔王も、近々戻られるでしょう。我が君が最初にございます」


 最初に復活したのは水の魔王だと誇らしげに告げる配下へ、さらに問いを重ねる。その声は穏やかなままで、凪いだ水面のようだった。


「でも、死神は戻ったんだよね?」


 少年から青年へ移る不安定な年頃の姿を纏う水の魔王は、淡々と状況を確認する。問いの形をとっているが、確信している物言いだった。


 封印された彼らにとって、1000年は一瞬だった。目を閉じて目覚めたら長い刻が過ぎていただけ。体感した感覚としては1日にも満たない、瞬きの間なのだ。


「はい」


 複雑そうな色を滲ませた側近スピネーの声に、トルカーネは口角を持ち上げて笑みを深めた。

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