第26話 祭りの後の大捕り物(4)
「スリか、また割に合わない仕事だ」
ぐいっと捻った腕の痛みに悲鳴を上げる青年を、いつの間にか多くの人々が囲んでいた。その表情は厳しいが、どこか同情の色を滲ませている。
「ジル、衛兵に引き渡そう」
「え? 許しちゃうの?」
不満そうに鼻に皺を寄せるジルの子供じみた姿に、ルリアージェはくすくす笑ってしまう。そのまま空の右手を伸ばして整った鼻を指先でなぞり、頬に手を添えた。穏やかな仕草にジルが少し首を傾げる。
「私の財布はお前が取り戻してくれた。あとは衛兵の仕事だろう」
「……ルリアージェって変わってるわ」
確かに、財布を掏られて気付かなければ腹が立つ。ぶつかられた肩も少し痛かった。けして気分がよい状況ではないが、ここまで痛めつける程怒っていない。
街の人々の顔を見れば、この青年になにか理由があるのだと察するのに十分だった。理由があれば許されるわけじゃないし、スリは立派な犯罪だ。だから衛兵に渡すという解決方法を提示した。ジルの言葉通り許す気があれば、自分の財布を取り戻した時点で放り出しただろう。
「そうか? 私はこのまま祭りを楽しみたいだけだ」
「確かに、コイツに構ってる時間がもったいない」
「あたくしは、リアの決定に従うわ」
収まりかけた場に、衛兵が駆け寄ってきた。その姿を見るなり、民族衣装で着飾った人たちが声を上げる。
「離してやってくれないか」
「彼は捕まるわけにいかないの」
「詫びなら、おれ達がするから」
口々にジルが手を離すよう促してくる。ちらりと窺うジルの眼差しに、了承の頷きを返した。無造作にジルが手を離す。地面に転がった青年が必死に身を起こして、地を這うように逃げ出した。
民族衣装の人々が盾になる形で彼の身を隠して逃がしている。衛兵が駆けつけた時には、すでにスリの姿は跡形もなかった。
「スリが出たと聞いた。どこだ?」
「悪い、押さえられなくて逃げちまった。この財布はすべて盗難品だ」
ジルは平然と財布の山を指差して説明を続ける。一瞬不思議そうな顔をするが、嘘だと断定する証拠がない。ましてやジルやルリアージェの格好は、他国人だと判断するに十分だった。この国の人々の大半は、民族衣装を着用しているのだから。
「他国民か?」
「ああ、観光客だ。ぶつかってきたので捕まえたら財布を捨てて逃げた」
「聴取を……」
「外見なら大柄で筋肉質な男だ。大きな槍を持ってたぞ」
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