第21話 歴史とは捏造された小説で(8)

 ああ、彼は自分を傷つけ続けている。後悔する弱さも、懺悔する強さも持たず、ひたすらに自らを切り刻む言葉を吐き出した。言い訳をしない潔さなど、捨ててしまえばいいのに。


 ルリアージェの手が動き、ジルの手の下から引き抜かれた。反射的に掴もうとしたジルの手が拳を握る。その冷えた拳を、そっと両手で包み直した。


「オレは人間を殺せたのに、アティン帝国を放置した。オレを認めずに排除する連中など滅びればいいと思ってたからな。でも……彼女リアーシェナだけは別だ」


 紫水晶の瞳が開かれ、怒りの色を滲ませた。


「リアーシェナは神族最後の子供だ。彼女は幼く純粋で、オレを他の神族と同じように扱ってくれた。だからリアーシェナは守ろうとしたのに、他の神族を庇った彼女は捕縛され……」


 声は怒りに染まる。苦しい胸のうちを吐露するように、叫びとなった残酷な現実が広間に響いた。


「助けに駆けつけた時は遅かったッ! 美しく白い羽を切られた彼女は、両手を戒められて吊るされ……足元で血を浴びる汚い男が命じるたび、リアーシェナの裸身を矢が貫く。悲鳴を上げる力さえない彼女の血を醜くすする人間の姿を前に――オレは感情を抑え切れなかった!」


 激した己を律するように、ジルは一度言葉を切って大きく息を吐き出す。血が滲むほどきつく握った拳を、両手で包んで温めてやることしか出来ず、ルリアージェは掛ける言葉が見つからなかった。


 幼かったという少女は、生きたまま血を絞り取られた。死ねない状況で、ただ血を啜る鬼のような人間を見つめ、どう思っただろう。


 人はよく魔性の殺戮を残酷だというが、この話の皇帝はそれ以上に酷いのではないか? 生きたまま引き裂かれても、命はすぐに消える。しかし生きたまま血を滴らせた彼女は、どのくらい生きてしまったのか。


「……まだリアーシェナは生きていた。かろうじて、命は消えていなかったんだ。それを殺したのは、」


「違います! あれは…っ」


「違わない!」


 押し殺した声で話を続けたジルへ、リオネルが必死に食い下がる。しかし一喝されて声を失った。思わず立ち上がっていたリオネルは、困惑した様子で腰を下ろす。


「知ってるわ、その話。ジルが治療したのよね?」


 ずっと黙って聞いていたライラが口を開く。まるで労うような響きは、凍りついた場を緩和する柔らかさで受け入れられた。


「いや、治療しようとしたが……」

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