第21話 歴史とは捏造された小説で(9)
言い淀んだレンがちらりとジルを窺う。唇を噛んで目を閉じたジルは、少し時間を置いて話を続けた。
「神族の血は薬になる。あいつらは見境なく人間を治療してやっていた。だからアティン皇帝に勘違いされる原因になったんだろうが……魔族の血を混ぜると効果が数十倍に跳ね上がるんだ」
ジルは魔族と神族の混血児だ。つまり、彼の血は最上級の治癒魔術に勝る妙薬だった。千切れた腕や失った足を再生するレベルの治療が行えるだろう。ならば、レンもライラも言いにくそうに切り出したのは…何故だ?
「全身を切り刻まれて矢に貫かれたリアーシェナをオレが助けたとき、すでに命が消える寸前だったんだ。そこでオレは間違え――彼女にオレの血を与えてしまった」
何をもって間違えたと表現したのか、ルリアージェは理解できずに瞬く。冷たい拳はまだ震えていた。両手のぬくもりを伝え続けるルリアージェの方を向いたジルが、淡々と残酷な現実を突きつける。
「強すぎる薬は毒と変わらない。あと少しで死ねる筈だったリアーシェナの身体は、薬と毒に侵されて苦しんだ。美しかった金髪を自ら引き千切り、白い肌を爪で引き裂いて、獣のような声を絞り出して苦しみ抜いて死んだ……オレの所為だ」
包んでいた手に力を込めて、ルリアージェはまっすぐにジルを見た。咄嗟に手を解こうとしたジルが動きを止める。射竦められたように、表情の抜け落ちた顔でルリアージェと向かい合う。
「それでも、お前は間違えていなかった。私が彼女の立場なら、生きられる可能性が残っていたなら、血を与えたお前を恨まない」
ふっとジルの表情が自嘲の笑みを浮かべた。嫌な表情だ。ルリアージェがさらに言葉を繋げるまえに、ジルは淡々と隠していた事実を晒した。
「ルリアージェにも、オレの血を使った。意識がなくて拒めない状況で、オレは……リアーシェナを殺した血を――」
「ならば、感謝しよう」
話を聞いていたのか? そう尋ねたくなるくらい簡単に、ルリアージェは感謝を言葉にした。ためらいなどなく、迷いもない。ただ微笑んで、掴んだ手を引き寄せた。
ジルへ向き直り座ったルリアージェは、呆然としている青年の紫水晶の瞳を覗く。反射する瞳に、複雑な感情が浮かんでは消えた。
「ジルのおかげで、今の私に傷はない。それだけ恐れていた血を使ってくれたことを、心から感謝する」
「やだ、リアって大物ね」
「この話の後に態度が変わらないのは、驚きだ」
ライラとレンが顔を見合わせる。彼らにとって、人族は弱く己の保身ばかりを考える生き物だった。魔力は少なく、身体は脆い。魔族や精霊から見たら、虫や花と変わらないレベルの存在だ。
「助けられたら礼を言うのは当然だろう。何を驚いている?」
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