第21話 歴史とは捏造された小説で(7)

 そこでジルは紅茶を一口飲んで、深呼吸した。大まかな説明はレンが担当してくれたため、ここから先は大災厄にかかわる話となる。唯一と定めた主人の温かな手に、冷えた手をそっと乗せた。


「大災厄とよばれた原因は、アティン帝国を滅ぼしたことじゃない。当時のオレは神族にも、魔族にも居場所がなかった。それはそうだ、どちらにしても半端者なんだからな」


「ジル様…」


 自嘲的な言葉を咎めるリオネルの声に、空いている右手を上げて遮る。


「さっき、レンがまじわりに法則があると言っただろう。あれに似た法則がもうひとつある。『殺害に関する法則』だ。魔性は神族を殺せず、人間は魔性を殺せない。わかるか? 魔性を殺せるのは神族だけ、神族を殺せるのは人間のみだ」


 ルリアージェは混乱しそうな話を頭の中で纏める。図を描いて考えれば、理解しやすかった。人間は魔性を殺せないが神族を殺せる。神族は魔性を殺せるが、人間を害さない。魔性は人間を殺すが、神族には勝てない。だから人間は魔性を封じるだけだ。封印石の魔術は、害される人間側にとって最上級の抵抗だった。


 魔術と同じなのだ。世界はバランスで保たれており、この輪の中から抜け出すことはできない。火、水、風、土も同じように循環する輪が、互いを打ち消しあいながら均衡を保っていた。


「神族は人間を殺せない。だから簡単にアティン皇帝に狩られたんだ。この法則だけはどうしようもない。どれだけ魔術を極めても、魔力を高めても結果は同じだ」


 世界の真理というべき話だ。魔性や神族は生まれながらに、この真理を理解している。気付かずにバランスを崩すのは、いつでも人間だった。


「アティン皇帝が人間である以上、神族は絶対に勝てない。だが、オレみたいな混じり者がいれば話は別だ」


「……お前は、見捨てたのか」


 ルリアージェの声が掠れた。


 ここまでの説明を考えれば、結論はひとつしかない。ジルは魔族であり、神族だ。人を殺すことも、魔性を殺すことも出来る。彼が傷つけられない種族は、同じ血を引く神族だけ。


「そうだ。見捨てた……いや、見殺しにしたんだ」


「ジル様!」


 きつい口調で名を呼んだリオネルの表情は歪んでいた。痛みを耐えるような彼の顔に浮かんだ感情は、きっと自傷行為を続けるジルへの怒りだ。ルリアージェは己の手に重なるジルの左手に視線を落とし、そこから辿るようにジルの顔へたどり着いた。


 後ろでひとつに結わえた黒髪は、俯いたジルの表情を隠している。瞑った目元で、長い睫毛が僅かに揺れた。

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