第20話 傍観者、失格(1)

「ったく、しつこいな」


 ぼやくレンへ、優雅に一礼したリオネルが顔を上げた。追い詰めた先は氷の洞窟、本来は封鎖された空間なのだが、人外である彼らにとって出入り口など不要だ。


 淀んだ空気が満ちた空間で、彼らは向き合っていた。魔力で言うならリオネルに軍配があがる。元上級魔性だが、傍観者たるレンは身を護る最低限の魔力しか持たなかった。だが、彼は死なない。それが唯一の強みであり、彼らの弱点でもあった。


「仕方ありません。我が主の命ですから」


 告げるリオネルが握る細い紐のような光が、レンの手首に絡み付いていた。捕獲する目的より、逃げられた際の追跡用だ。


「何を知りたいって?」


「あなたを探れ、と」


 曖昧な命令だ。レンが何をしようとしているか、何をしたか。どこまで知っているか……限度なく、とにかく調べろと命じたのだ。つまり主人が求めるであろう問いを想定し、すべての答えを持ち帰ることがリオネルの役目だった。随分横暴な命じ方に感じるが、魔性の間では大して珍しい命令でもない。


 魔王の側近クラスならば、その程度の命令に応じられなくては地位を保てないのだ。魔性はプライドが高く、それに応じた能力を誇る。主を定めない魔性も多いが、一度定めた主人には絶対服従だった。そのため主の命令の遂行は名誉なのだ。


 主に命じられた答えをのは、己の存在意義を否定する言葉だった。善も悪もなく、誰が迷惑しようが構わない。主に褒められることが最高の誉れだ。


 これはリオネルにとっても同様で、だから1000年前にすべての魔王を敵に回しても戦えた。主人が一言「戦う」と告げた言葉を、至上命令として受け止めたのだ。そこに至る理由も説明も必要なかった。戦って主のために死ぬのは名誉なのだ。


「何も知らない、話さないと言ったら?」


「腕ずくでも」


 話してもらうだけだ。物騒な笑みを浮かべた美形に眉を顰め、すぐにレンは意地悪な笑みを浮かべた。


「死が怖くない奴に、どうやって尋ねる気だ」


 次の瞬間、レンは余計な言葉を撤回したくなる。恐怖や死を超越した筈の傍観者をして、ここまで怖れを覚えさせる相手はそういない。身体が小刻みに震え、声が喉に張り付いて出せなくなった。ひどく喉が渇く。瞬きすら怖かった。一瞬でも相手から目を逸らせない。


「……殺さずにお話いただきますよ。いっそ死ねたらいいのにと願うほど、丁寧にお尋ねします」


 言葉の裏に「死なないなら、どんな方法でも聞きだせるでしょう」と物騒な感情が滲む。リオネルの笑みは整った顔に似合う美しさだが、背筋が寒くなる。身を震わせたレンが両手を挙げた。

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