第19話 大地の魔女(6)

 ライラが左側の崖を指差す。宙に浮く魔物が鮮やかな赤毛を揺らして一礼した。長い髪はツインテールに結ばれ、同じ色の瞳は大きい。彼女が礼を尽くしたのはライラだけらしく、ジルに向き直る彼女の眼差しは厳しかった。睨みつける視線に、ルリアージェが肩を揺らす。


「聞いてるの? あたくしのリアを睨むなんて100年早いのよ!!」


 叫んだライラの声に呼応する形で風が渦巻く。風の魔王の配下相手に、風を操る主導権を奪うのは、さすがだった。精霊の血を引くライラだから出来る芸当だ。


 風の渓谷はその名が示す通り、風の精霊にとって強い意味をもつ場所だった。ライラは大地の精霊の子だが、他の属性も相性よく使いこなす器用さを兼ね備える。


「ライラ様、ここは風の魔王ラーゼン様の領域です。手をお引きください」


 遠まわしに消えろと言われて従うようなライラではない。ぶわっと彼女の毛が逆立つように風が乱れた。足元から噴出した怒りの感情に焼かれた風が上昇気流となって吹き荒れる。


 足元まで届く茶色の三つ編みが軽いリボンみたいに揺れた。身に纏う水色のワンピースがはためき、緑の瞳が細められる。苛立ちに尻尾を揺らす猫のようだ。


「下がりなさい。あたくしに命じる権利など、下っ端にはなくてよ」


 魔王の側近になれないは、と呼ぶレベルにない。魔力量を推し量ったライラの傲慢な物言いに、赤毛の女が舌打ちした。目下の失礼な態度を許すほど、少女は寛大ではなく……。


「消えなさい」


 あくまでも命令の形を崩さず、上に振り上げた右手を彼女に向けた。矢を放つでもなく、刃を向けるでもない。ただ指差すように赤毛の魔物を示しただけだ。にも関わらず、魔物は2つに切り裂かれた。


「邪魔なの」


 真っ二つになった魔物が下へ落ちて、渓谷の底を流れる川に吸い込まれる。見送ることもなく、ライラは溜め息をついて気を治めた。


「最近は無礼な若者が増えて困るわ。あたくしの顔を知っているだけマシだけれど」


「ライラ、聞いてもいいか」


 小首を傾げて待つ少女へ、ジルは「オレが復活した後に、上級魔性…側近クラスを見たか?」と尋ねる。さきほど、リオネルも懸念していた。水の魔王の領域に入って、若い魔性が応対したと。側近クラスや古参が姿を消し、代わりに若造が台頭する。


 ジルの懸念を察したライラがちらりとルリアージェに視線を向け、言葉を選んだ。


「そうね、あたくしはわ。それに感じられないの」


 彼らの気配も魔力も感じないと告げれば、ジルが肩を竦めた。


「奴らの復活は、噂じゃ済まないな」

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