第16話 復活(4)

≪風よ、結界を成せ≫


 精霊達が集う丘で、最強の結界を張る。青い草が揺れる地へ、そっとルリアージェを横たえた。淡い色の髪が風に揺れて頬にかかる。


 見上げた空は晴れていた。地上の風は柔らかいが、上空は強い風が吹いているらしい。白い雲がいつもより早く流れた。


 風の結界を通過し、ジルは距離を置くために足を進める。数十歩いったところで、やっと足を止めて振り返った。左手のひらに右手の爪で2本の傷をつける。塞がらぬように深く刻んだ傷から赤い血が滴った。


≪世界を創りし闇帝あんていの半身たる、死神の名を持つ武器よ。彼の人の左手に納まりたる、優美な弧を描く鎌をここに! よみがえりし我が手に戻したまえ≫


 不吉な言葉を混ぜながらも、古代神語は祝詞のりとのごとく響く。ぴたりと風がやんだ。周囲から音が消える。


 張り詰めた空気がぴりぴりと肌を焼いた。空は晴れたまま、しかし暗くなる。雲がかかったのではなく、ただ明度だけが落ちたのだ。目の前に薄いしゃを通したように、視界は遮られた。


 意識が縛られ、ジルの左手の傷が痛みを増す。本来、すぐに塞がる筈の傷を内側から破りながら、血は止まらずに滴り続けた。


≪戻れ、死神の鎌アズライルよ≫


 左手の傷に右手を押し当て、黒い柄を引き抜く。傷から生まれ続ける黒い柄は長く、途中で持ち替えてさらに引いた。ジルの身長より長い柄が終わり、刃が現れる。


 最後の鋭い切っ先まで取り出した時には、ジルの左半身は真っ赤に染まっていた。足元も背の翼もすべてに赤が滴る。


「久しぶりだな、アズライル」


『随分長い眠りだったな、


「その名で呼ぶな、今はジフィーラルだ」


『またを始めたのか』


「いや、今度は本気だ」


 柄を地につき、背より高い翼の先を越える刃に話しかける。大きな半円を描く鎌は、柄に近い方から先へ向けて細くなっていた。真っ直ぐ立てた柄から90度近い地表へ届くほど大きな武器は、戦うことより威嚇や飾りに思える。


 己の意思を持ち主を選ぶ武器でなければ、アズライルも飾り物だっただろう。重量感のある見た目に反し、ジルは指先で軽く扱ってみせた。振りきる速さは、三日月の大きな姿から想像もつかない。


 主と定めた存在にとって、延長された指先と変わらぬ軽さで扱える武器だった。魔王に匹敵する魔力を持ち、主人の魔力がなくとも単独で攻撃を仕掛けることも可能だ。

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